|
2008-4-26 23:28
『海つばめ』第1067号2008年4月20日【草枕】
今や年中行事の一つと化した感の南極海での捕鯨騒動だが、今年もようやく一段落した。 1986年に商業捕鯨が国際捕鯨委員会で一時停止されたのを受けて、日本はその翌年から調査捕鯨を開始、最初23万トンほど水揚げ量から最近では5000d前後となっている。もともと「調査」は名目に過ぎず、その科学的意義はほとんどないというのだが、農水省を先頭に「日本が誇る伝統の食文化を守れ」を錦の御旗に反捕鯨団体の激しい妨害に抗して「調査」を強行し続けてきた。 だが「伝統食」といっても、鯨肉を全国で日常的に食べるようになったのは戦後の食糧難の時代から60年代くらいまでで、60年代半ば以降、豚、鶏、牛など他の食肉の生産と輸入が急増するとともに、肉類に占めるその割合は急減し、捕鯨停止となる80年代半ばにはわずか2〜3%ほどになっていた。つまり「伝統」と言ってもたかだか戦後の2、30年ほどのことにすぎなかったのだ。 そして、今や鯨肉が一般家庭の食卓に上らなくなって久しく、そんな「伝統」などと全く無縁の世代が登場。この世代の好みにあわず、しかも高価なため、販売は不振で、06年には在庫が年間生産量を上回る6000dに達し、売りさばきに躍起というのが現状だ。当然赤字だが、それでもやっていけるのは事業主が農水省所管の国策会社で、毎年10億円近くの補助金がつぎ込まれ、多額の無利子融資がなされているからだ。 つまり、小粒だが、「調査捕鯨」もまた天下り先と利権の一つと化しており、そして今や農水官僚らの最大の関心はそれの維持にあり、そのためには「日本文化を守れ」の大義名分のもと「商業捕鯨全面解禁」の非妥協路線を振り回し続けていたほうが得策と、国際捕鯨委の場でも何ら真剣に打開策を探ろうとしていないのである。 他方、日本の強硬路線は反捕鯨派には自らの存在意義を誇示するために不可欠で、両者は激しく対立し合いながらも、その実は「共生関係」にあるとさえ言われる。 調査捕鯨もまた民族主義を煽るだけの税金の浪費だ。 (WM)
|