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林紘義著作集第四巻・観念論的・宗教的迷妄との闘い(1999年)

スターリン体制から「自由化」へ―現代「社会主義」体制論 国家資本主義の内的「進化」のあとづけ (1972年)

宮本・不破への公開質問状―ハンガリー事件・スターリン批判・ポーランド問題について (1982年)

我々の闘いの軌跡―“左”右の日和見主義に反対して 栗木伸一評論集 (1979年)

新たな労働者党の建設をめざして―吉岡直人遺稿集 (1974年)

資本主義の民主的改良か社会主義的変革か―日本共産党批判 (1974年)

ジャガノートの車輪の下で―苦悩し闘う労働者たち (1978年)

労働者派・社会主義派の代表を国会へ!―マル労同は第34回衆院選を闘い抜く (1976年)

革命的社会主義の旗をかかげて―マル労同は選挙斗争をどう斗うか (1975年)

破産した“革新”幻想―美濃部都政8年の総括 (1975年)


「厳罰化」の風潮
『海つばめ』第1044号2007年6月3日【草枕】

 少年法が改正されて、少年院送致の下限年齢を「おおむね十二歳」に引き下げ、警察による捜査権を認める法案が成立した。
 罪を犯したらつぐないをすべきだ、十四歳であろうと、十二歳であろうと同じだ、「厳罰化ではなく、適正化だ」といった論理がまかり通ったのである。
 このブルジョア社会は、自らの腐敗、頽廃が生み出す凶悪な犯罪におびえ、恐怖して、ただ「厳罰化」を一層進めることによってしか対処できなくなっているのだ。

 教育においても同様で、「体罰を認めないから、悪い連中がのさばるのだ」といった理屈がもてはやされている。
 外国に対しても同様で、こちらが弱腰であり、暴力装置をもっていなければ、相手が勝手にふるまうだけであり、自分たちの権利や利益が損なわれるだけだ、断固力で対処せよ、というわけである。
 外国も少年少女も子供たちも、ただ自分の「敵」であり、取り締まりと「対応」の対象としてしか見られないのであり、相手の立場や心にそって考えることが一切なくなりつつあるのである。自分だけが、自分の「安全」と「利益」だけがすべてである。
 ブルジョア社会がそれほどに頽廃したということであり、またそれほどに追いつめられているということでもある。
 もちろん、犯罪は正当化されたり、擁護されたりできないことは自明である、しかし他方では、犯罪が犯され、児童が荒れるのは、社会の根源に大きな矛盾と対立と空虚とごまかしがあるからであって、そのことに思いを寄せることなく、ただ「厳罰化だ、それこそが必要だ」などと言うのは、利己主義のブルジョアであり、ろくでもない反動どもである。彼らは他に道を知らないのである。
 人間は社会的動物であって、好んで悪党になるのでもなければ、凶悪犯になるわけでもない。彼らを憎むとともに、それ以上に、そんなにも恐ろしい暗黒と野蛮と狂悪を生む社会をこそ、さらに憎むべきであろう。個人的な悪行などとるに足りないような巨大な悪事をやりながら、権力のかげに隠れてのうのうとしている連中がいくらでもいる世の中なのである。
(ひ)
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