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秦尭禹著 『大地の慟哭 中国民工調査』
『海つばめ』 第1068号2008年5月4日より

労働者、農民の実態を生々しく

 中国の急速な経済発展は、膨大な民工(農民工)の存在なしには考えられない。民工とは、労働力として都市や鉱山等に流入している農民のことである。その多くが賃金労働者として定着している。国家衛生部によると、農村の余剰労働力一・五億人のうち九千八百二十万人が他の産業に転向している。我々はその実態をテレビ等で断片的に知るのみであるが、本書によって彼らが置かれている悲惨で過酷な状態をまとめて知ることが出来る。政府や各省の公的機関の調査・報告の紹介に留まらず、民工の生の声を拾い集めているところに本書の特徴がある。
 消費等の生活実態、労働疾病等の健康問題、民工の精神生活、給料未払い問題、就職状況、民工子弟の教育問題、農村での民工の留守家庭状況等、本書が取り上げている問題は多岐にわたっている。
 北京や上海等の大都市ではビジネスビルやマンションの建築ラッシュに沸いているが、その建築現場を支えているのが民工である。いわゆる3K仕事は彼らが担っているのである。彼らの給料は、年末一括払いになっており、それ以外は月ギリギリの生活費が支給されるだけである。そのため、手許に金がないと、現場のボス(班長)に前借りしなければならない。給料は「人質」になっているのだ。
 多くの企業では、「グループ会計」制度を取り入れている。「建築施工業者が作業の質と工程の進捗速度により、グループに給料を支払い、それを民工個人へと支払うのである」。したがって、給料が出ない場合、その原因が施工業者にあるのか、プロジェクトの責任者にあるのか、それとも班長にあるのか分からず、民工は受動的立場に置かれている。
 建築民工たちが住むのは、二段ベッドの宿舎、臨時に作られた粗末な家屋等である。驚くことに建築中のビルに住まわされる場合もあるという。建築現場に食堂があるが、不衛生極まりない。筆者は、コックが水洗いを省いて切った野菜を無造作に鍋に投げ入れているのを目撃している。また「陳化米(何年も置いて品質が悪くなったコメ)」が民工向け食堂用に使われ、その名も「民工米」と呼ばれていた。食事の質が悪いのに、民工が食堂に行き続けるのは、多くの民工職場で、給料が現金ではなく「食券」=チケット方式で支払われるからである。このチケットでタバコや洗剤などの日用品を買えるが、割高である。そして、この食堂は「請負」方式をとっていて、その管理者の多くは現場の経営者の親族だというのだ。食堂は現場の経営者側に一定の管理費を支払い、低質の食事を高価で提供して暴利を貪っているのである。
 民工の健康問題は深刻である。二〇〇四年、国家衛生部は、中国では毎年十三・六万人が労働疾病により死亡し、大部分が民工であると報告している。著者はその原因として、規定時間を遙かに超える長時間の加重労働、防護装置がとられていない劣悪な労働環境、企業の労働環境に対する軽視、そして民工に仕事の危険性と有害要素に対する知識の欠如の四点を挙げている。
 二〇〇二年に発覚した広東省東莞市での製靴工場でのヘキサン中毒事件、二〇〇四年に起きた紅蘇省昆山市の電子工場でのトリクロロエチレン事件が紹介されているが、ここで起きた事件は、女子民工の無知につけ込んで、使い捨ての雑巾のように扱う企業の姿が暴露されている。
 塵肺は、中国の炭鉱労働者が抱える最も深刻な職業病である。二〇〇二年末現在の塵肺患者は累計五八万人で、そのうち存命者は四十四万人である。二〇〇二年に塵肺を発病した患者は一万二千二百人に達する。民工は、一定期間危険な仕事に就いたあと、潜在的な労働疾病の要因を持って帰省し、農村で発病することが少なくない。彼らは移動が激しいため、治療を受けることが難しい。そのため民工が労働疾病の犠牲者となってしまうのだ。
 「職業病防治法」が二〇〇二年に施行されているが、企業経営者が労働疾病の検査や責任を逃れる手段や形式は日増しに多様化しているという。ある雇用主は、故意に労働疾病の実態を隠したり、ごまかしたりしている。労働者は情報を知らされないまま、危険な作業に従事させられている。
 給料未払い問題も頻発している。民工は、たえず給料欠配の危険に晒されている。中華全国総工会によると、二〇〇三年末現在の給料未払いは一千億元にのぼるという。新華社が実施したアンケートでは、民工の七二・五%が程度の差こそあれ給料欠配という目に遭っていると答えている。
 欠配を受けた民工の多くは泣き寝入りである。行政の労働監察部門の動きは鈍いうえに、民工は裁判に訴えたくても金がないからである。そこで頻発するのは「飛び降りショー」「自殺ショー」と呼ばれる命を懸けた彼らの実力行使である。
 政府はこのような状態を放置できなくなり、地方に号令をかけた結果、二年間、給料「清算の嵐」が吹いたと言われるが、ほんの一部の解決に留まる。
 ようやく一部で民工の組織化が始まったことが報告されているが、民工が中国労働者階級の一員として組織化されることなくして、彼らの地位の根本的な前進はないであろう。総工会(労働組合)は遂に、〇三年全国大会で正式に民工の問題を自分たちの問題として取り上げることを表明したというが、日本の連合と五十歩百歩のレベル以上ではない。
 民工の劣悪な状態は、資本主義社会としての中国の本質を暴露するものであるが、著者はその点を深く追求していない。政府に対し、より前向きな対策を求める社会改良主義者としての立場を超えていないからである。訳者は、これほどの内容の本が発禁扱いされなかったことに驚いているが、不思議ではない。
(PHP研究所刊)


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