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林紘義著作集第四巻・観念論的・宗教的迷妄との闘い(1999年)

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宮本・不破への公開質問状―ハンガリー事件・スターリン批判・ポーランド問題について (1982年)

我々の闘いの軌跡―“左”右の日和見主義に反対して 栗木伸一評論集 (1979年)

新たな労働者党の建設をめざして―吉岡直人遺稿集 (1974年)

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労働者派・社会主義派の代表を国会へ!―マル労同は第34回衆院選を闘い抜く (1976年)

革命的社会主義の旗をかかげて―マル労同は選挙斗争をどう斗うか (1975年)

破産した“革新”幻想―美濃部都政8年の総括 (1975年)


“礼節”を欠く者
『海つばめ』第1066号2008年4月6日【草枕】

 韓国では、一九八〇年代に始まる“民主化”時代の揺れ戻しで、今や反動思想、保守思想がもてはやされているが、その一つに、「歴史の見直し」がある。
 そしてそれは教科書にも反映され、李承晩や朴正煕らの狂暴な独裁にも意義があったとか、経済的発展を保証したとかいった“見直し”が進められ、それとともに、日本の植民地統治にも、身分的社会を掘り崩すとか、工業化のきっかけになるなど、一定の意義があった、といった記述も現われた。
 まさに「韓国版・“扶桑社”教科書」というわけである。
 そしてこうした傾向はさっそく日本の反動どもに利用され、「それ見たことか、韓国でさえ日本の植民地支配にも意義があった、韓国の“近代化”を促進したと評価されているのだ、何でも日本のやったことは悪いとする“自虐史観”はここでも否定された」といった主張が振りまかれている。
 しかし韓国の一部の世論が「ひどい時代に見える過去にも積極的な契機はあった、日本の支配も歴史的に見る必要がある」と主張するのと、日本の反動が「日本の朝鮮の植民地支配は正当だった、朝鮮のためになった」と言うこととは根本的に違っている。
 韓国の主張は、日本による朝鮮の植民地支配も、結果として古い朝鮮を粉砕した面があると評価し、自らの歴史を客観化しようという試みだが、しかし同じことを、かつて朝鮮を植民地化し、野蛮に抑圧し、収奪した方が恩着せがましく口にすべきでないのは自明である。戦前の日本の資本家や軍人はただ自らの利益と利己主義のために朝鮮を武力で支配し、収奪したのであって、朝鮮人のためを思ってそうしたのではない。
 だが、軍部や資本家たちのどんな悪辣行為までも弁護する国家主義の恥知らずの連中は、韓国にも日本の植民地支配の意義を認める人々が出てきたと、まるで鬼の首でもとったかのはしゃぎようである。
 ここには、反動どもの卑しい本性が、その“品格”や“道徳性”が、つまり隣国民に対してさえ“礼節”を完全に欠いても平気な野卑ぶりが暴露されている。
(ひ)

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