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我々の闘いの軌跡―“左”右の日和見主義に反対して 栗木伸一評論集 (1979年)

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破産した“革新”幻想―美濃部都政8年の総括 (1975年)


山辺健太郎著『日本の韓国併合』
日韓併合の真実を暴く

『海つばめ』第830号2001年7月15日
 本書は、明治時代の「征韓論」から韓国の併合に至る過程に生じた重要な政治的事件について、その真実を明らかにすることを目的としている。著者は「あとがき」で本書の目的について次のように述べている。
 「私は、朝鮮史では、まず日本の朝鮮侵略の事実を明らかにすることが必要だと思う。本書が、政治・外交史に偏しているのは、一つには、このような理由による。
 そのために私がとくに力を注いだのは、これまでの朝鮮史研究で、あやまり伝えられたことの解明であった。これまでの日本人による朝鮮史の多くは、うそと俗説のうえにきずきあげらた、といっていい。私はまず、このうそと俗説をうちやぶることに力を注いだつもりである」
 山辺氏は『日韓併合小史』(岩波新書)を書いているが、本書はいわばこの『小史』の「本論・各論にあたる性格」(山辺)をもっている。
 日本の韓国へのかかわりについてはさまざまな文書、回顧録などがだされてきたが、それらに無批判的に依拠した結果、日本の韓国への侵略の歴史を歪めるような見解が信じられているとして、著者は自分で発掘した新たな資料で歴史の真実を明らかにしている。
 著者が、とくに力を注いでいるのは、日本人が韓国民衆の封建制度との闘いを支援し、近代化”を助けてきたとか、韓国併合はたんに日本によって強制されたものではなく、朝鮮内部からの要求でもあったかにいう偽りを暴くことである。
 そのいくつかを紹介しよう。
 韓国国王の妃、閔妃殺害事件について。一八九五年に起ったこの殺害事件は、ロシアに接近し、日本の影響力を排除しようとした閔妃を日本の守備隊と抜刀した日本人の一隊がソウルにあった王宮に押し入って暗殺した事件である。この事件は日本の大陸浪人がやったと言われていた。
 これについて、著者は外交文書、日本の守備隊員の軍法会議の報告などを引用しながら次のように述べている。「この事件の主役は実は日本の軍隊で、日本人のゴロツキはただその手先に使われただけである。あとになって安達謙藏(計画に協力した新聞記者―引用者)たちが、この事件を自分たちがやったような自慢話をしたので、軍隊のことが世間からわすれられてしまったのであろう」。閔妃殺害に日本の軍隊は直接に手を下さなかったが、民間の日本人一隊は軍隊の手引きで王宮に侵入し閔妃を殺したのである、この計画の首謀者は当時の三浦公使であり、彼は日本政府にはからず、独断でこの計画を実行したのだと。
 一進会と韓国併合について。一進会とは「日韓合邦」を唱えた団体である。日本が韓国を併合したのは一九一〇年八月のことであったが、この併合の要求が朝鮮人の間からも出たように思わせることは、日本の支配階級にとって都合のいいことであった。
 一進会の幹部であった宋秉シュンは、国王から金玉均(朝鮮から清の影響を排除しようと
した)暗殺を命じられて日本に派遣されたが、金の側に寝がえった。帰国して殺されるを恐れて日露戦争のときには日本軍の通訳として働き、その後も日本軍の鉄道建設の人夫集めの仕事をやったりしていた人物であった。会長となった李容九はかつては東学党の乱に関係して投獄された経験をもち、一進会が組織されたのをきいて進歩党をでっちあげこれに合流した。
 一進会は実際には朝鮮人からも嫌われ、孤立した実態のない団体であったこと、宋が伊藤博文からたびたび金をもらうなどに日本に養われていたこと、その「日韓合邦論」が「まったく宋秉シュンや李容九の政治的な野心からでたもので、朝鮮人の意志のひとかけらも代表していない」こと、一進会などの動きにはかかわりなく、日本の韓国併合の方針は早くから決まっていたことを明らかにしている。
 そのほか「東学党の乱」について。これは一八九四年、生活の困窮に抗議して立ち上がつた農民の反乱である。一時は全羅道の主都全州府を占領する勢いを見せた。この農民蜂起に日本の志士が加わり闘いを支援したということについて、著者は、日本人がこの闘いにかかわったとしても反乱がほぼ鎮圧された後のことであったとその真相を暴露している。そして「なぜこの点を問題にするかというと、ちかごろ『大東亜共栄圏』の思想を論じたものに、日本人が東学党乱に参加したというでたらめを事実として」論じた論文が出てきたからだと述べている。
 本書が出版されたのは、今から三十五年も前の一九六六年のことであり、現在では嘘と俗説の批判といってもすでに決着のついた問題であろう。
 しかし、再び著者が当時問題としたような日本の韓国併合を正当化する見解が振りまかれている。
 「つくる会」教科書は、併合は「東アジアを安定させる政策」として欧米列強から支持され、国際関係の原則に則って「合法的に」行われた、韓国の一部からも支持されたなどと露骨に併合を弁護していた。検定後にはこうした記述は、「イギリス、アメリカ、ロシアの三国は、朝鮮半島に影響力を拡大することをたがいに警戒しあっていたので、これに異議を唱えなかった」と書き変えられたが、彼らの基本的な立場は変っていない。
 「つくる会」などの反動派が歴史の真実をねじ曲げ、日本の韓国併合を正当化するような見解を振りまいている現在、こうした嘘に反撃するという意味で、本書は一読の価値があると考える。
(太平出版社刊)

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