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林紘義著作集第四巻・観念論的・宗教的迷妄との闘い(1999年)

スターリン体制から「自由化」へ―現代「社会主義」体制論 国家資本主義の内的「進化」のあとづけ (1972年)

宮本・不破への公開質問状―ハンガリー事件・スターリン批判・ポーランド問題について (1982年)

我々の闘いの軌跡―“左”右の日和見主義に反対して 栗木伸一評論集 (1979年)

新たな労働者党の建設をめざして―吉岡直人遺稿集 (1974年)

資本主義の民主的改良か社会主義的変革か―日本共産党批判 (1974年)

ジャガノートの車輪の下で―苦悩し闘う労働者たち (1978年)

労働者派・社会主義派の代表を国会へ!―マル労同は第34回衆院選を闘い抜く (1976年)

革命的社会主義の旗をかかげて―マル労同は選挙斗争をどう斗うか (1975年)

破産した“革新”幻想―美濃部都政8年の総括 (1975年)


河野健二著『フランス革命小史』
諸階級の闘争として活写

『海つばめ』第632号1997年6月8日
 フランス革命について書かれた書物は多数あるが、著者はこの著作の意図を次のように特徴づけている。
 「フランス革命を理想化するあまり、往々、見ることのできないものをこの革命の中に見たり、反対に見るべきものを見なかったりすることがある。そういう偏見からはなれて、私はこの革命を人間の行った人間らしい革命として見直すべきだと思った。……歴史を学ぶということは、、結局、現在に生きる者として過去の経験や事実にさまざまの重要度をあたえ、取捨選択を行い、関連のみちすじをつけようと試みることであろう。……『叙述を少なくし、思索を多くする』上で、私は社会科学の力に多く頼った。社会科学こそ、歴史をとく唯一といわないが、最も根本的な方法だと私は考えているからである」
 このように、著者は階級闘争の観点からフランス革命の意義を明らかにしようと試みている。ロシア革命や中国革命を「社会主義革命」であるとするなど混乱も見られるが、一方では、それらを「ブルジョア革命」であるともいっており、戦後の「アジア、中東、アフリカの諸国民」の闘いを「ブルジョア革命」として「フランス革命の余震」として位置づけているなど、一応の観点から論じているといえるだろう。
 新書版ではあるが、フランス革命の背景としての絶対王政の性格やブルジョア階級の成長、啓蒙思想の普及からはじめて、ナポレオンの登場までの全過程をそれぞれの階級の利害とその闘争として、正しく理解する上で、最適の著作の一つであろう。
 フランス革命は何段階かを経て、しだいに徹底されていった。その経過については、よく知られており、ここで改めて紹介する必要はないであろう。この著作を読んで、とりわけ我々が興味をそそられるのは、ロベスピエールに指導される「第三の革命」である。すでに、このブルジョア革命の中で、貧農や都市の無産者の要求を背景に、「財産の平等」の要求や、さらには、「財産の共有制」への要求が現れたことである。その「恐怖政治」で恐れられたロベスピエールに代表されるモンターニュ派自体は、急進的小ブルジョアの立場を代表したにすぎないが、それが、資本の支配に対する断固たる闘いを挑んで、一時的にではあるが勝利を収めたという意味では、その後の労働者の闘いのさきがけになったと著者は主張している。
 「モンターニュ派は、『第三の革命』を夢みた。八月十日の革命のあとには、農村の貧農層と、都市の下層民がのこされた。貧農は、国有財産の買い取りに参加することができず、都市の民衆は、食糧難と物価騰貴によって、毎日のように被害をうけていた。かれらの敵意は、ブルジョアや富農に対して向けられた。かれらは、もはや憲法や政治的自由のなかに、自己の解放をみなかった。闘争は社会的色彩をおびてきた。私有財産に対する攻撃、財産の共有制への要求があらわれた。モンターニュ派、特にロベスピエールは、こういう運動の背後にある民衆の要求をくみとりながら、すべての人間を小ブルジョア的勤労者たらしめる『平等の共和国』をうちたてようとした。『金持ちも貧乏人も、ともに必要ではない』とサン・ジュストはいった。『すべての人が働き、相互に尊敬しあわなければならない。』それは、質素、勤勉、道徳、祖国愛に支えられた『美徳の共和国』であった。モンターニュ派は、貧困を絶滅するために、国有財産を貧民にも分配し、最高価格制をしき、買い占めと、投機を抑圧した。他方、かれらは、『最高存在の祭典』を行って、『平等の共和国』神聖化しようとした。革命的小ブルジョア派は、人々の道徳心に訴えることによって、革命を存続させようとした。……。
 ブルジョアジーは、もちろんモンターニュ派の政策に危惧をいだき、国有財産を買い取った中農層は、いまや私有財産の所有者として保守的となり、貧農や下層市民は、自己の代表者である過激派や、エーベル派が弾圧されたのをみて、放心と混迷のなかにあった。戦争がひとまず勝利を持って終わると同時に、ロベスピエール派は没落した。『第三の革命』は、モンターニュ派によって、輪郭がえがかれたままで挫折した。資本主義がまさに出発しようとしているとき、すべての人間を小ブルジョアとして育成し、固定させようとすることは、歴史の法則そのものへの挑戦であった。悲壮な挫折は不可避であった。
 ロベスピエールは、その後ながいあいだ、そして今もなお『独裁者』『吸血鬼』としておそれられている。しかしこのことはロベスピエールにとって、むしろ名誉ではなかろうか。なぜなら、彼こそは民衆の力を基礎として資本の支配に断固たるたたかいを挑み、一時的にせよ、それを成功させた最初の人間だからである」
 これと同じことは、その後ロシア革命でも、中国革命でもいくらか形を変えて、繰り返された。このいわゆるジャコバン党の独裁は、客観的にはブルジョア革命を徹底的に推し進めたという意味で、歴史的意義をもったのである。しかし、同時に、その後の労働者の資本に反対する革命的闘いの出発点としての意義をも併せもっていたのであり、この意味でも、今日の労働者が学ぶべきものは少なくない。
(岩波新書、六百二十円)
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