労働の解放をめざす労働者党


  ホップ(衆院選)、ステップ(19年参議院選、ジャンプ(22年参議院選)
  5年後には労働者派の国会議員を勝ち取ろう!


 労働の解放をめざす労働者党は、今年4月に結成大会を開きました。綱領・規約を勝ち取るとともに、国政選挙に再挑戦すること、次の衆院選、19年の参議院選でホップ・ステップ、そしてジャンプとして22年の参議院選挙では国会議員を勝ち取ることを決意しました。
 そしてそのための準備を大会を契機に早急に進めています。
 以下は、大会を受けて最初に発行された「海つばめ」の記事からの引用です。

大会は労働者党の再建と共に、国政選挙・議会闘争への復帰も決議し、5年後、つまり今後2回目の参院選において比例区で闘い、最低1名の労働者議員をかちとり、我々の議会闘争の突破口を切り開くという、具体的で、鮮明な目標と課題を明らかにし、そのためにこの5年間を闘うことを決議しました。
 「復帰」という言葉を使うのは、我々はかつて「社会主義労働者党」(社労党)等として、十数年間、国政選挙を中心に選挙・議会闘争に挑戦し、闘い抜いた歴史と伝統を持っているからです。
 「労働の解放をめざす労働者党」は「社労党」の延長であり、復帰であると共に、それとは区別される政党、一そう階級的であり、一そう根源的な形で闘う政党、甘さを残していた社労党を越える政党であり、またそうして行かなくてはならないと決意しています。
 我々は今後の5年間の我々の闘い、つまり労働者党の代議士を誕生させ、自民党や公明党、民進党、共産党などの腐敗した資本の政党やプチブル党による議会独占に風穴を開け、突破口を切り開く闘いの5年間の展望を、三段跳びの「ホップ、ステップ、ジャンプ」という言葉とイメージで表現し、議論しました。
 ジャンプが最終的に跳躍のカギを握ることは確かですが、2年後の参院選を含めてのホップ、ステップの闘い――衆院選の小選挙区の闘いと、参院選の選挙区の闘い――も重要であり、それを闘い抜き、大きな成果を勝ち取り、我々の闘いが労働者、勤労者の大きな支持を得るものであることを証明し、実証しなくてはなりません。ホップ、ステップなくして、成功するジャンプもないし、あり得ません。
 だから我々は2年間のホップ、ステップの闘いを成功裡に闘い抜く展望やイメージを明らかにし、そのために準備を直ちに始めることを大会で確認しました。
 言うまでもなく、ホップの闘いとは次の衆院選への参加であり(当然、小選挙区制ということになります、政党要件を満たしていないから比例区参加はないからです)、ステップの闘いとは次の参院選への参加です、つまり2年後の参院選に参加するということです。
 後者の場合も当然、都道府県を選挙単位とする選挙区選挙です、というのは、ここでも政党要件を満たすことができず、当選を現実的に目指せる、比例区選挙からは排除されているからです。
 ただし今年中に衆院選が行われる場合は、それをパスすることもあり得る――というのは、それまでの準備は今の段階では、実際的に困難ですから――、ということも確認されました。
 衆院選も参院選も、小数派政党、労働者政党にとっては、ひどい差別的で、不公正な制約(小選挙区制、供託金制度、政党要件、政党助成金制度等々)がはびこり、そんな反民主的でインチキな、名ばかりの民主$ァ度のもとでは、公正で、正義の精神に合致した形での闘いは最初から存在していないのです、我々はスタートで大きなハンディキャップ――かつての我々の挑戦を挫折させたような――を背負いながら闘いを開始する以外ないのです。……
 我々は、ホップ、ステップの闘いを1選挙区ずつ、連続的に%ャうことも決定しました。つまりある都道府県の小選挙区で闘ったら、次の参院選の選挙区でも、同じ都道府県で闘うということです。
 そして5年後の参院選のジャンプでは、比例区選挙に確認団体として参加し、全国的な闘いとして、また労働者党の議員を勝ち取る闘いを貫徹するという展望を持つのです。それが我々の戦術≠ニいえば戦術≠ナす。
 ホップ、ステップの段階で、3〜5%の得票率は不可能、代表委員会は空想的な数字を揚げていると言う批判も大会で出されましたが、決してそんなことはありません。
 小選挙区制の票は比べる基準がありませんが、――というのは、かつて我々が国政選挙に参加した時には、衆院選は小選挙区制でなく中選挙区制でしたから――、しかし中選挙区制でも1%を越えるような票を獲得した例はいくらでもありますし、参院選の選挙区――これは現在とほぼ同じです――で、例えば現在の4人の代表委員はたまたま全員、これに立候補していますが、少ない方からいって、神奈川で0・8%、愛知で0・99%、千葉で1・4%、埼玉で2%でした。つまり3%から5%は十分に可能だと思います。
 参院選では、我々にとっての最後の参院選参加であった1989年の全国区得票率は、0・25%、当選がほぼ1%、100万票が最低必要でしたから、当選にはあと4倍得票すればよかったわけです。
 このときは、社会党の委員長のおたかさん(土井たか子)が「やるっきゃない!」と叫んで、社会党の最後のあだ花のような大勝を博した参院選でした。
 数年のちには、そんな社会党も労働者、勤労者を裏切って自民党と組んだ末、解体し、なくなってしまったのですから、もう1、2回頑張ってやれたら、1%の壁を突破でき、我々の国会議員を持てたかもしれず、惜しいことをしました。
 供託金の収奪により、カネの面で限界に来ていましたから、我々は闘いをやめざるを得ませんでしたが、その後、解体した社会党の票は行き場を失い、左派系の無党派層が一気に増えました。
 我々は選挙資金としては、ホップの段階とステップの段階までの資金は、忌々しい供託金として、300万円ずつ二つで、600万円、各選挙区の選挙を闘い抜く費用として最低数百万円ずつで1000万円、合計2000万円にも達するカネを準備しなくてはなりません。
 新しい我々の党は、代表委員会を中心に可能なあらゆる手段を追求し、資金を準備し、こうした面でも闘いを貫徹することも確認し、決意しました。党内外のカンパやクラウド・ファンディング等々、可能な、ありとあらゆる道を追求します。
 「長者の万灯より貧者の一灯」という言葉もありますが、インターネットのクラウド・ファンディングなどを利用したカネの準備は、我々のような貧乏党にとってはうってつけであり、重視していくつもりです。労働者、勤労者の一人一人のカンパであっても、そんな心のこもった、労働者党への真実の支援は重要であり、また労働者、勤労者の数は圧倒的に多いのですから、そんな人たちからのカンパを重視していくべきは当然のことです。
 読者の皆さんのご支援もまた、切にお願いします。
 幸いなことに、新しい党の一般財政は、今会計報告では10年、20年ぶりに黒字に転換し、この面での負担はなくなり、余剰のカネを選挙にすべて活用できる状態は作りました。
 しかし代表委員も含めての党員の活動は、ごく基礎的な活動費を除いては、基本的にすべて無給のボランティア的活動に依存するという、マルクス主義同志会の状況を継続するしかありません。党といっても、名ばかりの極小<~ニ政党の困難な状況は続くということです。
 しかし我々の闘う意思は旺盛で、当面2年間のホップ、ステップの段階の闘いを勝ち抜くための準備は、選挙区の決定や、候補者問題の解決も踏まえて、早急に開始する予定です。……
少なくとも2年後までの、ホップ、ステップの段階までは、たかが2つの選挙区の闘い(衆院選の1小選挙区、参院選の1選挙区)ですが、我々は、それらをまさに全国的な闘いとして、また労働者党の議員を生み出す闘いの出発点として、さらには全国の労働者、勤労者の注目する、労働者党の果敢な闘いの象徴として、とことん闘い抜くつもりです。

 皆さんの大きなご支援を呼び掛けます。