●1076号   
【一面トップ】麻生が「改革」放棄の音頭取り――復活する“亡国”政治――選挙目当ての“バラマキ”へ
【主張】老後はカネ次第と説く――“ブルジョア”による中学生“教育”
【一面サブ】「アイヌ有識者懇」が発足――民族主義の虚妄性と有害性
【一面連載/食糧危機を斬る――矛盾深める世界資本主義(7)】食糧危機は自然現象ではない――ブルジョア悪党の投機を取り締まれ
【草枕】北京五輪番外篇
【コラム】飛耳長目
【二面トップ】マスコミやインテリの責任を問え――はびこる請負・派遣労働――奴隷的地位に落とされた何百万の労働者
【各地の“草の根”政治】愛知/自民対民主の仁義なき闘い――総選挙の前哨戦・豊橋市長選
【三面トップ】自動車/新たな国際的再編へ――激化する市場獲得競争――ガソリン、原材料の高騰が背景に
【三面サブ】さらに深化する金融恐慌――アメリカ資本主義の脆弱性暴露
【四面トップ】生活保護認定拒否の実態を告発――大山典宏『生活保護vsワーキングプア』
【四面書架】植田樹著『コサックのロシア』――復活する“コサック軍団”
【四面連載小説/天の火もがも(5)――林 紘義】こはいかに 入学即デモ、全学ストとはD


【一面トップ】
麻生が「改革」放棄の音頭取り
復活する“亡国”政治
選挙目当ての“バラマキ”へ

 幹事長として自民党の権力を握った、麻生の新しい策動が始まっている。単に国家主義のチャンピオンとしてだけでなく、腐敗議員、族議員の総元締めとしても登場し、“バラマキ”政策(国民買収政策)によって総選挙を勝利に導き、その勢いで権力の頂点を極めようというのである。我々は麻生の新しい策動を暴露し、その危険性、有害性を断固として明らかにしなくてはならない。

 福田内閣の“内部”に飛び込み、権力を占有するや否や、この国家主義の卑しい男はたちまち策動を開始したが、しかしそれは労働者階級にはもちろん、“国家”にとっても“由々しき”もの、最も危険で、有害なものとなっている。

 麻生は今や小泉政治のどんな残り滓も一掃して、それ以前の“古い”自民党政治に復帰するのである、つまり「構造改革」とか「財政再建」は棚上げし、今はひたすら財政支出を増やしていくべきである、と言うのである。

 彼はあらゆるチャンスをとらえて、財政再建などどうでもいい、そんなものはさっさと先送りせよ、「プライマリーバランスの均衡」など空文句だ、むしろ「景気対策」こそが最優先させられなくてはならない、国債発行三十兆円の枠などこだわる必要は全くなく、大規模な補正予算――数千億などというケチなことを言わないで、兆円規模の――を断固組むべき(「小出しはだめだ」云々)と強調し、「景気後退で企業がカネをつかえないなら、国が財政出動せざるを得ない」、「財政再建をやりながら何かすると、かなり手足をしばられる、優先順位は景気対策が先だ」、「財政再建では動けない、それより景気回復で消費を増やし、税収を上げるべきだ」とわめきたてている。

 国の首相として、福田が言いにくいなら、自民党を代表して自分が言おうというわけで、自民党と福田内閣は麻生を先頭に総選挙にむけて、全くの無節操で、国家にとって破滅的な政治に向けて、まさに「なりふり構わず」疾走し始めたのである。

 しかし、小泉内閣は明白に語ったのではないのか、もし根本的な経済社会の「構造改革」を行わないなら、「財政再建」を実現しないなら、日本の国家は破滅に向かって転がり落ちて行くしかない、と。

 とするなら、「構造改革」を放棄して元の自民党政治にもどり、財政再建を空語に変えてバラマキ政治に復帰する福田、安倍の“新路線”――というより、最も古くさい自民党政治――とは、まさに“亡国の”政治そのものではないのか。

 なぜ反動陣営、国家主義の陣営は、麻生等のこうした政治を非難しないのか。

 実際、これまでこうした“亡国の”政治、国家に寄生し、それを食いつぶし、国家を破産状態に追い込むような政治にうつつを抜かしてきたのは、国家主義的政治家というより、古賀などに代表される、族議員たちであったが、彼らはしばしば“平和主義的”でさえあった、しかし今では、国家主義的政治家の麻生もまた、政権維持と議員身分のために、国家財政を食い物にして恥じない“亡国の”政治に突進するのである。

 麻生の政治の本質は反動政治、国家主義の政治であって、そのレベルは族議員の卑しい政治ではなかったはずである、しかし今や麻生は、徹底的に無節操で下劣な本性を暴露したのである。いやしくも、理想高き(はずの)国家主義の政治家が、族議員と同様に、そのレベルにまで落ちて、最も醜く、次元の低い“バラマキ”政治にのめり込んで行くのである。

 すでに千兆円もの借金が国家にはあるのである。もしここで、財政再建路線を放棄すれば、国家財政は“最後の”つっかい棒を失い、坂道を転げ落ちるように急速に破綻に向かって突き進むしかないことは自明であろう。

 麻生は、「財政再建より景気回復で消費を増やし、税収を上げるべきだ」、「上げ潮派も増税派も不満だろうが、財政再建原理主義では経済は基本的に縮小するんですよ。パイを大きくし、その中で財政再建をしていくのが当たり前。今の状況では景気対策が優先されてしかるべきですよ」などと強調しているが、全く無責任であろう、というのは、これまでも政府自民党はしばしばこのように主張してきたが、一度として、それを実現したことはないからである。

 実際の過程は、景気回復のため、消費の拡大のためと称して、政府自民党は一九六〇年代半ば以降、大量の国債を発行してきたが(つまり借金財政を積み重ねてきたが)、たまたま「景気が回復し」、いくらか税収が増えたとしても、その借金を清算するために一円たりとも(もちろん、いくぶん誇張して言って、だが)支出しようとはしなかった。

 反対に、彼らはその増えた税収もまた、自らの政治支配のために、国民買収のために支出し続けたのであり、そして、次の景気の悪化がやってくると、財政を借金によって無責任に膨張させることを繰り返したのであり、その結果として、国家を破産状態に追い込んできたのである。

 しかし麻生は、またまたこの自民党の“伝統的な”やり方を、国家とその財政を食い物にして権力維持をはかるやり方を“復活”させ――構造改革をやり、「自民党をぶっ壊す」と豪語した小泉「改革」を経た後だというのに――、継続しようというのである。

 麻生や政府自民党の連中は、今では千兆円になんなんとする国家の借金がある、それをここで十兆円や二十兆円増やしたところで大した違いもないではないか、とうそぶくまでに頽廃している。

 もちろん、財政再建を進めれば「経済が縮小する」などというのは半デマゴギーでしかないし、また財政バラマキ政策で「パイが大きくなる」、その結果労働者にもおこぼれがいって潤うなどというのは幻想である、というのは、バラマキ支出は生産的投資ではなく、本当の意味で「パイを大きくする」ことなど不可能だからである、むしろ経済社会をますます寄生的な、ゆがんだものにし、国民経済と国家の破滅や衰退を準備し、労働者の生活も破壊しかねないのである。

 しかし麻生が、財政膨張とバラマキを叫ぶのは、景気回復のためでもなければ、経済政策として正しいからでもない、そんなことはどうでもいいのであって、本質的な問題は、総選挙で政府自民党が国民を買収するために、目に見える大規模な財政支出を必要とする、ということでしかない。

 政府自民党さえよければ“国家社会”がどうなろうと構わない、知ったことではないという、最低最悪のエゴイズム政治であるが、それが国家主義のチャンピオンによって強力にやられようとしているところが、これまでのバラマキの政治と異なっている。

 国家主義政治家の汚い政治が始まっている。それは安倍政治にも増して、いやらしく、労働者はもちろん、“国民”の総反撃に帰着するであろうし、またそうして行かなくてはならない。

 国家主義を標榜する麻生のもとで、皮肉にも、日本国家は解体へと転がり落ち始め、国家は“存亡のふち”に追いやられるのである。これはまさに国家主義の頽廃であり、破綻であるとともに、ブルジョア国家そのものの深い危機を暴露するものであろう。


【主張】
老後はカネ次第と説く
“ブルジョア”による中学生“教育”

 個人にカネの運用を教える会社を設立した岡本和久が、中学校で臨時の授業を受け持った経験を語っている(日本経済新聞七月二十七日、「日本人とお金」欄)。

 テーマは「お金について」であったが、中学生がお金に否定的な考えを持っていることや、また家庭内でお金について話す生徒が半分にも満たないことに驚いて、お金の重要さを説いたという。

 「年老いたとき、君たちの生活を支えるものは君たち自身しかいない。お金について考えることは、人生を考えることと同じだ」

 子供たちに、何という“教育”を行うのだろうか。こんなくだらない――そして有害な――“教育”を知ったかぶりをしてやるからこそ、“民間”出の校長とか、講師とかいった連中(つまり“ブルジョア”たち)を信用することが全くできないのである。

 年をとったとき、人々の「生活を支える」のは金では決してないことは、カネのなかったかつての共同体社会について考えて見ればたちまち真実が明らかになる。共同体社会では、お金なるものが全く存在しなかったにもかかわらず――というのは、私有財産もなく、商品生産も存在しなかったから――、現代のブルジョア社会よりも老人たちははるかに幸せであり、その生活を共同体によって、つまり共同体の人々によって「支えられていた」のであり、そればかりではなく、はるかに尊重され、敬愛されていたのである。

 このことは現代においてもある意味で同じである、つまり老人がお金があるから自らの生活を支えられるように思われるとしても、それはその「お金」で他人の“奉仕”を、あるいは高度の“介護”や“医療”を「買う」ことができるから、またできる限りでのことにすぎない。

 もし彼がたまたま遭難して絶海の孤島にでも流れ着いたとしたなら、どんなに多額の「お金」を手元に、あるいはどこかの銀行口座に持っていたとしても、そんなものが何の役にもたたないのは自明であろう。

 しかも岡本がさらに卑しいのは、この「お金」を自らの労働の成果として理解しないで、投資によって獲得したもの、増やしたものと理解していることである。

 彼は不労所得をいかにして増やすかということを人に勧めるのを仕事にしているのである、そしてこうした仕事がまともなものだと妄想することができるのである。現代人の頽廃と衰退ぶりを暴露して余りある。

 彼は、子供たちに向かって、年をとってからのことを考えても「お金」は大切だといいながら、だからこそ、人間にとって、その生活にとって生産的労働の意義を明らかにするのではなく、いかにして働かないで、投機や投資で儲け、「資産を増やす」かが重要だとお説教をたれるのである。

 せめて、生産的労働について語ったなら、彼の言うことにも一理あると言えたかもしれない。老後をまともに生きるには、働けるときには働くことが(自分と社会の生活を支える生産的労働を担うことが)、人間の本性であり、真実であるという意味で、「老後の生活」について語ったなら、まだいくらか許せる余地はあったかもしれない、しかしこの男は、働くことなくして、いかにして「儲けるか」、持っているカネを増やせるか、といったことを説くのであり、そんな“道徳”を子供たちに説教して、大した“教育”をしていると考えることができるのである。

 現代の“ブルジョア”たちはカネがあれば老後も心配ないといった、低俗な道徳を、“世俗知”を説教する以外のどんな“知恵”も“見識”もないのである。岡本は、金次第であるのは、老後だけでなく、このブルジョア社会のすべてについてである、ということを簡単に忘れることもできるのである。

 しかしカネで「買う」ものが他人のサーヴィスだとするなら、結局、カネではなく、他人に頼っているということでしかない。そしてカネで「買う」サーヴィスに、真の愛情も人間的尊厳の保障もあるはずもないではないか。それは、共同体関係の中の“サーヴィス”と本質的に別のものである。彼らの勧めるものは何とちっぽけで、つまらないものであることか。

 日経新聞記者の結論は次のようなものである。

 「日本社会は先進国のなかで最も速く高齢化が進み、確実に家計への負担は増していく。株安を嘆くだけでなく、正面から資産運用を考える。おそれず、おごらず家計を見つめ直す。一人ひとりが将来に向けて『たくましい家計』をつくろうと動くとき、個人のお金は官が旗を振らなくても、リスクへ向い出す」

 何のことはない、千何百兆円という、個人の「金融資産」を“投資”にいかにして誘いだいすのか、といった金融資本の利益にかかわる話にすぎない。そのことが成功するなら、日本資本主義に新しい成長と繁栄が保障されるだろうという、あのブルジョアたちのくだらない世迷言こそが、話の中心なのだ。

 徹底的な個人主義の勧めであって、しかもこの個人主義はまさに寄生的で、頽廃的である、つまり個人の努力を説きながら、その内容は全く“金融資本的”であり、カネの「運用」をいかにたくみにやって「資産」をふやすか、といったものでしかない、つまりそこで問題にされていのは、株などへの投資をいかにうまくやるか(これはまた投機でもある)、といったことだけである。

 労働者はこうしたブルジョア的ないつわりの“道徳”をきっぱり拒否し、問題はカネを通しての人間関係ではない、それにおおわれない本当の人間関係であるという、社会主義的、“共同体的な”道徳を断固として対置するし、しなくてはならない。


【一面サブ】
「アイヌ有識者懇」が発足
民族主義の虚妄性と有害性

 八月十一日、政府の肝いりの機関、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」なるものの初会合が開かれ、さきほど国会で決議されたアイヌ法を受けて、一年後に「報告書」をまとめることになった。町村が自分の議席のために懸命にバックアップし、力を入れており、この会も彼の音頭のもとで組織されている。

 町村は、この会合で挨拶し、「アイヌが名誉と尊厳を保持し、次世代に継承していくうえで必要な施策提言をお願いしたい」と、アイヌ民族主義者、自由主義者らにこびを売ったが、要するに、国も生活保護くらいならやりますよ、ということでしかない。

 実際、この会議を支配した精神は、アイヌの平均的な生活レベルは国民の平均より低い、だから生活支援を強めてほしいといったことにつき、民族の権利等々といった“高尚な”内容は何もなかったと言って決して言い過ぎではない。

 会の座長に選ばれた(つまり“有識者”の代表というわけだ)佐藤幸治(京大の名誉教授であらせられるそうだ)は、「アイヌにとって今、何が必要か、具体的な施策を考えることを優先させたい」と述べたが、この意味も、また町村の意図と同様である、つまり“アイヌ民族”の先住権を認める、その権利を保障するなどと言いながら、その具体的な内容は生活支援といった矮小なことでしかない。

 佐藤らは「有識者」などと呼ばれて持ち上げられて、一つの“知的”権威として国民全体に押しつけられているが、しかしそもそも「有識者」とは一体いかなる存在なのか。「識を有する者」ということだが、この「識」とは、知識のことか、学識か、見識か、良識か、それとも単なる常識のことか。

 政府の「何々会議」に選ばれる「有識者」といった連中をみれば、到底、「見識」とか「学識」などといったまともなものを持っているとは思われないから、せいぜい、卑俗な「良識」や「常識」の持ち主、ということであろう。むしろ「浅識」のインテリと言うべきかもしれない。

 アイヌ代表の加藤忠(ウタリ協会理事長)もまた、アイヌの経済的困窮を訴え、議論を短期、中期、長期に分けて行い、当面の優先課題を、アイヌの生活水準の向上に直結する支援策とするように要請した。彼もまた、“短期の”課題だけを議論し、中長期の課題は棚上げするというのである。何という矮小で、つまらない話であることか。

 “アイヌ民族”自身がこうした要求しか提出しえなかったということ自体が、我々がすでに論じたように、アイヌを「先住民族」とみとめ、その「権利」などを保障するとした先の国会決議が全く空虚なアナクロニズムであり、ナンセンスであったことを暴露したと言える。

 生活水準が悪いというなら、それは別に“アイヌ民族”に限ったことではない、広汎な何百万もの労働者もまた同様である。生活の問題は別にアイヌ民族ということではなく、他の国民と同様な問題として取り扱われることが、いくらでもできるのである(例えば、「アイヌである」人々に生活保護が必要だというなら、それはアイヌである、なしにかかわりなく請求し、また受給することができる等々)。ここで「アイヌ」が出て来なくてはならない、どんな必然性もないのであって(少なくともブルジョア民主主義の問題としては、つまり憲法の枠内では)、むしろ現在の社会では、生活の問題は、階級対立の問題、資本による搾取の問題として、まず議論されるべきなのである。

 むしろ、こんな形で「アイヌ民族」云々を持ち出すことは、憲法(例えば、出自や人種による差別を禁じた一四条)に違反することにさえなりかねない。

 いやしくも、民族の「権利」というからには、その内容は、民族の自主権(国家内での“自治権”)であり、さらには民族自決権、つまり独自の政府を組織すること、別個の「国家」(もちろん、国民国家、ブルジョア国家)を形成すること等々である。

 一体、国会決議は、それに賛成した諸党は、こうした認識を持ってのことであったろうか、それとも単なる卑俗な人気取りを策してのことにすぎなかったのか。それこそが問題である。

 現在において(戦後のブルジョア民主主義の国家において)、アイヌ民族主義を正当化し、擁護することは、日本(大和)民族主義を正当化し、擁護することでもあり、そこに帰着するのである。そのことを認識できない党派は、客観的に、民族主義を正当化し、あおりたてる(国民を諸民族として相互に対立させる)、ブルジョアや国家主義者たちの反動的な試みに手を貸すのであり、その自覚なき共犯者になるのである。

 もしアイヌ民族の「権利」について語るなら、なぜ、在日朝鮮人の民族的「権利」について語らないのか。確かに在日朝鮮人は「先住権」といったものは持っていないかもしれない、しかし彼らが日本に現在数十万人の規模で――つまりアイヌ人などと比較もできない規模で――住んでおり、生活しているのは、彼らの意図というより、日本の一方的な帝国主義的蛮行によってであり、その意味では、アイヌ人に決して劣らない犯罪を、日本のブルジョア国家、帝国主義国家は在日朝鮮人に対して犯している。

 もし、アイヌ人に対する生活保障等々が、過去の歴史的な犯罪に対する“罪の償い”だというなら――実際、そうした意義しか持ちえないのは自明のように思われる――、在日朝鮮人に対しても同様な問題提起がなされるべきであろう。

 在日朝鮮人はもともと日本人ではないが、アイヌ人は違う、というのか。それなら、最初にアイヌ人は日本国民とは違う民族、“先住民族”であるとした、あの国会決議はどうなるのか。「国民」としては同じだが、「民族」は違うといった、ご都合主義の奇弁に逃げ込もうというのか。

 そしてまた、アイヌ人がアイヌ民族であり、先住権等々の“民族”の権利が認められるというなら、例えば、沖縄人にさえも「民族の権利」等々が認められないわけがあろうか。

 沖縄人が、少なくとも十七世紀の初めの、薩摩藩(と幕府)による武力侵攻と支配のときまでは、立派に独立した国家(王国)であったことほどに確かなことはない。

 そしてまた、明治維新後の「琉球処分」(“沖縄県”の設置)のときまで、その王国が継続していたことも――仮に形だけであったとしても――、また明白な歴史的事実である。

 反動派は、中国国家(漢民族)がウィグル族を併合したと非難するなら(産経新聞八月十二日、湯浅博)、沖縄人を併合した日本国家も非難しなければ、少しもつじつまが合わず、首尾一貫しないのである。

 福田内閣や町村らは、沖縄人(現在の沖縄県民)にも、アイヌ人と同様な権利、あるいはそれ以上の権利――例えば、民族自決権等々――をなぜ認めないのか。アイヌ人に「民族の権利」を認めるなら、沖縄人にも当然に認められてしかるべきであろう。なぜ、そうした国会決議をやらないのか。

 もしアイヌ人だけに認めて、在日朝鮮人や沖縄人に認めないとするなら、その理由は何か。福田よ、町村を答えてみよ。

 要するに、アイヌ民族の“権利”についてのおしゃべりにあるのは、ブルジョア民主主義、自由主義特有の、ごまかしと甘えと虚偽だけである。それは本質的に、政府自民党の、あるいはよりはっきり言えば、議席さえ安泰でない町村の利己的な利害が絡んでいるにすぎない、北海道における彼らの人気取り政策であるにすぎない。札幌などを選挙区とする町村は、近づく総選挙のためにも、どうしても空っぽのアイヌ法案を必要としたのである。

 しかしもちろん、町村も、そして“アイヌ民族”の代表者たちも、決してアイヌ民族の「自決」とか、独自の政府の組織とか、そんな“大それた”ことは全く考えていない。それは「長期の」課題として棚上げされたが、しかしこの意味するところは、そんなことは一切問題にもなっていないし、問題にする意思もない、ということにすぎない、つまり“本来の”民族的問題、その権利等々の問題は存在しないと、自ら、そして最初から言っているも同然である。

 我々の『海つばめ』の先の論文に対しては、新左翼の中の一部、市民主義者たちの中から文句らしきもの、批判らしきものが“ささやかれて”いる(もし反論があるなら、堂々とすべきであろう)。

 しかし始動した「アイヌ有識者懇談会」なるものをみれば、正しいのがどちらにあるかは明白であろう。


【一面連載/食糧危機を斬る――矛盾深める世界資本主義(7)】
食糧危機は自然現象ではない
ブルジョア悪党の投機を取り締まれ

 最後に食糧危機と人口問題について検討し、この連載のまとめとしたい。

 昨年来の食糧危機の中で、地球は食糧不足の時代になったとか、2050年には90億人を超えると予想される中で地球が維持できる“定員をオーバー”してしまうのではないかといった不安の声が上げられている。

 世界の人口は現在およそ67億人、1960年が30億人だったので約半世紀で倍増したことになる。一方、この間の食糧生産は9億トンから21億トンへ2・3倍に増えており、人口をわずかに上回っていた。ただ、21世紀に入って、人口の伸びが食糧生産の伸びを上まりはじめており、2000年当時30%あった在庫率は07年度末には4億900万トン、15%台に落ち込むと推定されている。

 こうした事情が今回の「食糧危機」の背景にあったのであるが、商品経済(市場経済)である以上需要と供給が一致しないことは珍しいことではない。市場経済では需給が逼迫すれば供給が増えるのであり、FAOが6月に発表した「食糧見通し」では、08年度の世界の穀物生産は21億9200万トンと前年度の21億1200万トンを3・8%増加すると予想している。08年度の消費は21億7600万トンと前年度の21億2700万トンから2・3%増加する見通しとなっている。

 07年度の穀物生産高21億トンを67億の人口で割り算すれば、1人当たり年間300キロ強であり、日本人の1人当たりの穀物消費量が年間115キロであることを考慮すれば(食事の質さえ問題にしなければ)、現状でも食糧は世界の人々に十分行き渡ることになる。人口が増えすぎたから食糧危機が起こった、飢餓が拡大したという根拠はないといわなければならない。

 むしろ、問題とされるべきは、一定の食糧生産が実現しているにもかかわらず、世界で10億人近い人々が飢えに苦しんでいるのはなぜかということであろう。それは食糧生産の絶対的な不足ではなく、その分配の仕方であり、先進国と途上国の富の不平等ということであり、帝国主義的な世界支配の問題だということである。

 事実、途上国は毎年1億2千万トンの穀物を先進国から輸入しながら、1700万トンの粗糖、750万トンのバナナ、550万トンのコーヒー豆・ココア豆、1億6千万トンの粗流穀物(キャッサバなど飼料用)を先進国に輸出している。途上国の土地は必ずしも途上国の人々の食生活のために利用されていないという現実がある。

 また、21億トンの穀物が生産されているといっても、先進国ではその6割が飼料に回され、食糧向けは20%程度である。他方、途上国では70%以上が食糧に向けられ、飼料用は20%となっている。これは世界における富の偏在を映し出しているのであって、だからこそ世界の貧しい国に食糧危機が直撃したということである。

 そして途上国が抱える問題もある。ラテンアメリカでは1・5%の農場が耕地面積の65%を占め、4分の3の農民が全体の4%の土地にひしめいている。南アジアでも土地なし農民の割合は農村人口の4割に及ぶ。

 とすれば、こうした問題は自然的な要因によって食糧危機が生じているということではなく、社会的な要因、社会の仕組みそのものが問題だということである。そしてこのことは、裏返してみればグローバル化が進む先進資本主義の問題、先進資本主義による世界支配の問題であるということである。

 食糧とくに穀物の貿易量はそれほど多くない。コメで全生産の7%ほど、小麦やトウモロコシで10数%が輸出に回されており、生産された穀物の8割から9割が生産国で消費されている。それだけに干ばつや洪水などによる不作が生じると穀物価格は異常に乱高下する特徴を持っているが、それに便乗したのが世界の投機資金、ファンドマネーであった。

 今回の食糧危機では、わずか2、3年のうちにコメ・小麦・トウモロコシは2倍から3倍以上も値上がりし、世界の貧しい人々を苦しめているが、もちろん単なる需給要因で説明がつくものではない。

 ここに世界でだぶついている余剰資金(投機資金)が流れ込んできたのである。世界の資本主義がカジノ資本主義とか投機資本主義とかいわれて久しいが、穀物の需給逼迫を利用して投機に走り、あるいは売り惜しみや買い占めを繰り返しつつ、価格つり上げを図ってきたのである。そしてそうした余剰資金を準備してきたものこそ、アメリカのドル垂れ流しであった(部分的には日本の財政膨張政策であった)とするなら、食糧危機の本当の解決は現代の資本主義の体制の克服以外にありえないということである。

 今回の食糧危機は、単なる自然現象でも、世界の人口が増えすぎたという問題でもありえない。それは、現代の資本と帝国主義が支配する世界体制の問題であり、その1つの矛盾が食糧危機として現象しているということである。

 (終わり)

 (山田明人)


【草枕】
北京五輪番外篇

 世界中が、北京五輪に思わず引き込まれ、その熱気に感染するにつれて、反動派陣営、国家主義の連中のイライラは募る一方だ。

 彼らは懸命になって、北京五輪は中国の宣伝のためのものだ、中国の“過激な”民族主義の発露だ、と難癖をつけてみても、いらだちや悔しさはおさまらない。

 胡錦涛が、チベット反乱に関連して、「オリンピックの政治利用はすべきではない」と発言したことにもカチンときて、「五輪の政治利用はお宅でしょ」などと逆襲して憂さを晴らす位が関の山だ。

 しかし“過激”かどうかはさておくとして、民族主義を一貫して持ち上げ、高称し、また東京五輪をまたやって(石原の策動を見よ)、その政治利用を徹底的に図ろうとしている反動派、国家主義の諸君が、中国の民族主義に文句を言ったり、五輪の“政治利用”を非難するのは全くおかど違いで、笑止千万である。

 反動派は、中国のオリンピックは必ず失敗に終り、中国の権力者の意図である、国威発揚、民族統合、共産党の権威と権力の強化等々の課題は逆目に出るだろうと予想し、またそのように言いはやしてきた。

 ところがいったん始まってみると、世界中の注目と熱気を集め、日本国民までもそれに“感染”してしまったのである。

 彼らはテロ問題や共産党独裁の専制政治の問題、食品衛生問題や環境問題などの矛盾やウミがぞくぞく出てきて、中国五輪はかならずやボロを出し、失敗すると期待し、そのことをうれしそうに言いはやしてきた、しかし今やすっかり当てが外れて、お気の毒なことに、ますます疎外感、劣等感に苦しんでいる。

 彼ら反動派が、偏狭で視野の狭い俗物ぞろいだということが、ここでもまた証明された。

 さて、彼らは二〇一六年に東京でやるというオリンピックに何を期待するのだろうか。北京五輪が台頭する中国の力を誇示したとするなら、それは衰退する日本を象徴することにならないかと、ひそかに彼らのために心配するのである。

 (ひ)


【コラム】
飛耳長目

 ★新たに農水大臣となった太田誠一が、日本の消費者は「やかましい」と発言した。NHKの番組で食の安全について「今でも日本は安心だけれども、消費者や国民がやかましいから、さらに徹底していこうということでやっていく」と述べたのである★農水省は食品の安全に最も責任のある官庁の1つである。昨年来の食品偽装、BSE、農薬入り餃子など、食に関わる事件は後を絶たない。国民や消費者が「食の安全」について敏感になるのは当然であるが、その不安を「やかましい」と言うのだ★これは自民党政府が、食の安全に配慮してこなかったこと、そんなものは農水行政にとってどうでもいいことと見なしていることと同じである★この男、かつて集団暴行事件があったとき、「元気がある」「正常に近い」などと発言して、国民の顰蹙をかったことでも有名である。8月15日の終戦記念日には靖国神社に現職閣僚として胸を張って参拝した閣僚の1人でもある。こうした男を大臣にした福田の任命責任は免れるものではない★福田は、不適切な発言として処理しようとしたが、今度は幹事長になった麻生がしゃしゃり出てきた。その意味は「詳しい」とか「よく知っている」「その道のプロだ」と言うことだと解釈を加えている。発言の反省ではなく、次から次に言い訳とごまかしに終始する自民党が、消費者のことなど何もまじめに考えていないことは明らかだ★福田改造内閣は新たに消費者庁を設置し、「安心プラン」「消費者重視」を掲げてはいるが、白々しい限りだ。発足後半月もしないうちにこうした発言が出てくるところに、この政権の腐敗した姿が暴露されている。

 (山)


【二面トップ】
マスコミやインテリの責任を問え
はびこる請負・派遣労働
奴隷的地位に落とされた何百万の労働者

 秋の臨時国会に、労働者派遣法の改正案が上程されるという。労働者保護を強め、日雇い派遣を原則的に禁止するものだという。政府が方針転換して、ようやく労働者保護をとりあげざるを得なくなったのは、ワーキングプアに代表される、貧しい、追いつめられた労働者大群の登場があり、またブルジョアたち――成り上がりのグッドウィルやコムスンなどを見よ――の労働者搾取があまりにえげつなく、“ザル法”である法律までも無視され、法令違反がまかり通ってきている現実、そしてそれを放置しておくならブルジョア支配そのものまでも重大な危機に陥りねない現実が存在するからである。しかし矮小な改正策に対してさえ、ブルジョアたちは強く反対し、そんなことをしたら、自分たちの事業が破綻する、商売があがったりになる、とわめいている。そしてブルジョアたちの意を受けて、自民党内にも、またマスコミにも、改正案に対する反対論が根深い。ここでは、労働者保護に対する反対論を、商業マスコミや、ブルジョアや、あるいはインテリ(教授先生)たちの見解において見てみることにしよう。

 ◆ブルジョアマスコミの論理

 日経新聞はすでに七月、日雇い派遣禁止の議論が盛り上がってきたとき、「日雇い派遣は本当にワーキングプアの温床なのか、きちんと検証しないまま禁止するのは安易ではないか」、「禁止で問題は解決するのか。禁止しても繁閑の激しい仕事や週末だけ必要な業務は減らない」と、異議と反対の主張を唱え、反対キャンペーンの先頭を切ったが、いよいよ臨時国会上程が避けられないとなると、再度、反対の扇動を開始し、八月八日、主張欄で、「規制では解決しない派遣労働の問題」と題して、次のように論じている。

 「規制強化が働く人の利益になるのかは慎重な議論が必要だ」

 「日雇い派遣の原則禁止は学生や主婦などの働き方を選択している人が不便になり、仕事を失う恐れがある。一日ごとの契約だけでなく三十日以内はすべてダメとなると経済に与える影響も大きい」

 「グループ企業に派遣する『専ら派遣』の規制強化も、八割という数字で線を引くことに意味があるのか」

 最初に、「専ら派遣」について論じておこう。これは、大企業が自ら派遣会社をつくり、そこに自社を辞めた労働者などを登録させておいて、グループ企業などに「派遣」させるという制度である。労働者派遣法ができるとともに、多くの企業は人件費削減も策して、こうした“お手製の”派遣会社を作ったのだが、これも規制せよと、まるでとってつけたように持ち出されたのである。

 寄生の内容は、身内のグループに対する派遣労働者の割合を八割以下に押さえよ、といったものだが、こんな規制は、まるで本質問題から労働者の目を反らせる目つぶしみたいなものであり、その内容にいたっては余りにナンセンスと言うしかない。十割はダメだが、八割まで認めるというなら、これは規制などと言えたしろものではない、むしろ奨励策だと言った方がはるかに適切だろう。

 ブルジョア・マスコミは、派遣労働の意義を認めるのだが、その理由は、派遣労働で利益を得ている人々もいる、それは学生や主婦たちであり、彼らは一日もしくは短期間の労働要求を持っているからだ、といったもののである。

 しかし仮に短期労働の要求を持っている人々が一部いるからといって、派遣労働が正当化されるということにはならない、というのは、学生らは直接企業と雇用関係を結べばいいのであって、派遣業が媒介しなくてはならない理由はないからである。短期労働の需要があるということと、派遣業が存在しなくてはならないということは別個のことであろう。議論されているのは、短期労働そのものではなく、派遣業の介在である。

 ◆キヤノンの御手洗は自ら罪人なのに

 ブルジョアたちにとって、請負、派遣といった「労働形態」の大きなメリットは明らかだった。ここで、我々は悪名高いキヤノンの、そして経団 連会長だった(さらにまた、安倍反動内閣の「経済財政諮問会議」の“民間議員”にも抜擢されていた)御手洗に登場願うことにしよう。

 一昨年から昨年初めにかけて、偽装請負が摘発され、請負会社の大手が派遣事業の停止処分まで受けた頃、御手洗は、キヤノンが不正な偽装請負の受入れ企業の一つであったにもかかわらず、諮問会議の中で、偽装請負に関して発言、むしろ問題は請負法制にある、労働現場では、派遣社員がどしどし正社員に代わっているが、今の派遣法のように、三年で正社員にしろ、というのでは日本の企業のコストは硬直的になる、規制強化ではなく、むしろ派遣法を緩和の方向でさらに見直すべきだ、と開き直った。

 自らが法律違反に関係していながら、悪いのは請負会社であって、受入れ企業は無関係と白っぱくれただけではない、法制がわるいのだ、もっと請負や派遣を企業の利益になるような、好き勝手にどんどんやれる体制にすれば法律違反ということもなくなる――同じ悪どいことをやっても合法ということになるではないか――という理屈である。

 彼は、また同じころ、経団連会長として一〇%ほどの法人税率の引き下げを要求し、その財源なら消費税率の引き上げればいいと公言したが、そのときにも、キヤノンの偽装請負問題に関連して、「派遣、請負の分野ができ、会社が一人、一人に声をかけなくても大量に雇えるようになった」と述べて、派遣・請負制度の(つまり「“労働”における規制緩和」の)、ブルジョアたちにとっての大きな意義を強調している(朝日新聞07・2・27など)。

 彼はまさにブルジョアたちの破廉恥さとエゴイズム――労働者のことなどまるで人間ともみなさない――を象徴したのである。

 ◆インテリたちの空論は誰のためのもの

 いわゆる“知識人”たち(教授先生方)も同様であった、否、もっと悪質であった。

 二年ほど前、偽装請負が大問題になったときの、彼らの発言から見てみよう。

 偽装請負とは、請負であるにもかかわらず、派遣と同様にやることだが、その場合、労働者を受け入れるメーカー側に、請負労働者に対する指揮や指導などがあったかなかったかが問題になる(請負なら、あってはならない)。

 偽装請負のとき、政府の「規制改革・民間開放推進会議」の専門委員だった小嶌典明は、請負業を次のように弁護した。特徴的な見解ではあった。

 「経済が低迷して新規採用の抑制が続く中、請負業者が雇用の受け皿になった面もある、もし請負の制度がなければ、国内の工場は海外にさらに移転し、もっと多くの人が失業しただろう。請負自体は必要な面もあるのに、偽装請負の名のもとに全面否定するのはおかしい。

 請負を派遣に切り替えれば済む問題ではない。派遣の場合は、長期派遣者に対する、直接雇用の申し込み義務がある。企業にとっては負担感が大きく、請負の必要性はなくならない。全員が正社員になれればいいが、企業が人件費に使える財源には限度がある。偽装請負を悪者扱いしても、正社員の雇用が急に増えるわけではない。無理に派遣に替えれば、メーカー側は直接雇用を避けるため、派遣労働者の短期間での契約打ち切りを繰り返すようになり、雇用の安定性が請負労働者より低下する懸念もある」

 「請負労働者の処遇改善のためにも、技術派遣や生産性を高めるような規制緩和が必要だ。具体的には、労働者保護のための一定の条件を満たした請負業者については、労働者派遣法や職業安定法の適用を除外し、メーカー側の助言を受けられるような工夫が有効だ。……現実にある請負というシステムを、有効に活用していくことが大事だ。

 若年労働者が低賃金で正社員になれる機会も少ないのは確かに問題だが、偽装請負をなくせば解決するものでもない、偽装請負は正社員の雇用を維持するための緩衝材の役割も果たしてきた」(朝日新聞、06・10・13)

 『海つばめ』前号でも引用した八代尚宏も、偽装請負のときにはそれを弁護し、「雇用ルール」の緩和、つまり「労働ビッグバン」を擁護し、それが労働者のためにも利益であると説いてやまなかったが、今回の日雇い派遣も正当化するである。彼の偽装請負のときの議論も紹介しておこう。それは当然、日雇い派遣禁止に反対する議論にもつながっている。

 「終身雇用や年功賃金は高い経済成長を前提にしていた。だが、90年代以降は低成長でそれが維持できなくなった。経済のグローバル化で低賃金の国との競争にさらされる業種と、輸出で稼ぐ業種との格差も広がっている。人口減少や少子高齢化で、若い労働力も減っていく。成長促進のためには労働市場をより自由、柔軟にし、非正社員も含めて雇用のルールや働き方を大きく変える必要がある」

 「非正規雇用の増加は、規制緩和ではなく経済の長期停滞が要因。正社員の雇用を守るため、緩衝材として多くの非正社員が必要になった」

 「無期限雇用は高い成長時代の産物。その時代に戻れない以上、労働と生活の適切なバランスを実現するには厳格な雇用保障は犠牲にならざるを得ない。転職や中途就労が自由にできる労働市場の下で成長を高め、雇用を安定させる仕組みにすべきだ」

 「強い規制にすると、かえって雇用機会が狭まったり、契約が不安定になったりする。3年働くと派遣社員を直接雇う義務が企業に生じるため、二年半で契約を打ち切る、といったことが起きている」

 「規制ではなく、市場を通じて悪い働き方を正す。そのほうが持続性がある。成長の恩恵を受けているのは労働者。高い成長は非効率な分野から生産性の高い分野に労働者をいかにうまく移動させるかにかかわっている。企業内で移動するだけでは、生産性は高まらない。多様な働き方の選択枝を保障することが需要だ」(朝日新聞、06・12・29)

 労働者は八代のこうした発言の一切の責任を問う権利を持っている。八代は自らのこうした発言が、そしてこうした主張にもとづく「規制緩和」や労働者保護の後退が、労働者に何をもたらしたのかを知るべきであるし、その責任を負うべきであろう。

 この厚顔無恥の男は、二年たって、彼らの主張や「改革」が労働者にもたらしたものが何であったかが完璧に暴露され、派遣規制こそが緊急に必要だという声が澎湃としてわき上がってきてからもなお、『海つばめ』先号で引用したようなことを強調して平然としているのであり、いられるのである。

 それにしても、何という気楽で、能天気な男であることか。この二十一世紀の社会において、自由競争を高唱しておれば、経済のすべての問題が――労働者の諸々の困難さえも――解決され、解消されると信じることができるとは。

 今は資本主義の初期の時代、アダム・スミスの時代とは決定的に違っている――資本主義であるという事実以外は――のである。

 あるいは、すでに“高度資本主義”の時代、独占資本、国家独占資本の時代であるからこそ、つまり自由競争などというものがインテリの頭の中以外どこにも存在しえない時代であるからこそ、一層、資本主義の困難を解決する万能薬として、自由競争が持ち出され、もてはやされるのであろうか、というのは、こんな空想的なもの以外に、社会主義を拒否する彼らは、諸矛盾、諸困難を解決する手段も道も思いつくことができないからである。

 しかし八代が果たしてきた役割からも明らかなように、「規制緩和」等々は、ライブドアのなり上がり者(“ホリエモン”等々のうさんくさい、低級な人種)をまるあぶくのように一時的に浮かび上がらせるか、労働者保護を一掃して、資本の専制を復活させ、労働者の地位を資本主義の初期の時代にまで逆戻りさせるか、どちらかの意義しか持ちえなかったのである。

 自由競争主義は完全に破綻した、というのは、彼らのやり方によれば、資本主義の「成長」や「繁栄」は保障され、労働者もまたその地位や生活を改善させるはずだったのに、事実はその反対のことに帰着したからである。

 経済成長は戻ってきたかもしれないが、しかし労働者の地位は改善されたであろうか。そんなことは、気配さえもなかった。反対に、労働者の地位は、資本の繁栄に反比例して低下して行くだけだった。

 資本の繁栄は保障されたかもしれないが、それだけ一層、労働者の地位は急速に低下し、「雇用の安定」等々は空文句に化し、多くの労働者の――とりわけ若い労働者、“非正規の”労働者の――生活は絶望的に悪化し、決定的に追いつめられたのである。

 彼らは、労働者の利益に反する「改革」を、まるで労働者のためのものであるかにいつわってきた。その限り、八代等の果たした役割は一層卑しく、許しがたいものである。

 労働者は八代等に問う完全な権利を持っている、諸君等のいう「改革」によって、労働者にどんな利益があったというのか。

 今、八代が持ち出した理屈を具体的に、一つ一つ検討してみるなら、その愚劣さ、ごまかし、奇弁等々は余りに明らかであろう。

 八代の勧めたように、労働市場の「規制緩和」は行われたが、企業が海外に出ていくことも少なくなり、あるいは労働者の失業が減り、“雇用”は改善されたであろうか。

 もちろん、そんな事実はどこにも見られなかった。実際には、労働者の“雇用”状態は一層悪化した、というのは、“潜在的失業者”もしくは“半失業者”とも言える、“非正規の”労働者の大群が生まれたからである。「規制緩和」によって、労働者の“雇用”が決定的に改善されるなどと主張した八代は、どう責任を取ってくれるのか。

 自由競争や「市場の働き」によって、資本主義の諸悪は「改善」され、後退したのではなく、反対に、社会の前面にしゃしゃり出てきて、跳梁跋扈しただけだった。ホリエモンなどの経験の後で、自由競争万能主義や市場原理主義の破綻は余りに明らかであろう。今また、全能を謳歌してきたアメリカの“金融”資本主義の破産という形でも、その失敗は決定的に暴露されつつある。

 それにしても、「正社員の雇用を守るため、緩衝材として多くの非正社員が必要になった」という理屈の奇妙さ、卑しさはどうだろう。

 八代はこうした理屈で一体何を言いたいのだろうか。正社員のために、“非正規の”(日雇い派遣等々の)労働者が膨れ上がるのもやむをえなかった、と言いたいのか。八代は“非正規の”労働者に反対して、“正規の”労働者の味方として登場したいのか、一体何のためなのか。

 それとも、少なくとも“正規の”労働者を守るためには、他の労働者の犠牲も仕方なかった、すべての労働者を救済することなど不可能なのだから、と言いたいのか。

 どちらにしても、労働者が容認し得る理屈でないことだけは確かであろう。

 この陰険なインテリによると、三年働くと派遣社員を直接雇わねばならないという規定があるから、二年半で契約を打ち切られるといったことが生じるのも、法律に事実上違反する企業が悪辣なのではなく、法律そのものが悪いということにされる(企業の利益追求は絶対だから、その悪質な行為も当然であり、許されるというわけだ)。

 彼はまた、「無期限雇用は高い成長時代の産物」と主張し、今は“非正規雇用”でも我慢すべきだ、と説教した。しかし再び資本の繁栄が戻ってきても――ブルジョアたちは、戦後最長の“好況”だったと、今ごろになって強調し始めた――、労働者の悪化した地位は少しも変わらなかった、否、ますます悪化した。一体、いつになったら、また「無期限雇用」なる状態に戻るというのか。

 しかし八代は、資本の本性にそぐわないという理由で(つまり資本の「成長」を可能にし、促すのにプラスかマイナスかという視点から)、「無期限雇用」に反対したのであって、好況の時代でないから、それに反対だと主張したわけではない。

 したがって、彼の立場からは、“非正規雇用”がどんどん増えていくのは、資本の支配と繁栄にとって好ましいことであって、これこそが資本の永続性の保障でさえあるのだ。彼の主張のすべては一貫して、資本の利益は労働者の不利益であり、労働者はそれを甘受すべきである、というイデオロギーで貫かれている。

 ◆本性暴露する資本の支配に反撃を

 この十年、二十年、資本は“グローバリズム”の中で、外国資本に負けないためと称して、“労働コスト”の削減に――つまり搾取の強化に――狂奔してきたが、そのための切り札とも決め手ともして持ち出されたのは、大量の労働者を“非正規の”の地位に追いやること、つまり労働者の地位を悪化させ、その権利を決定的に切り縮め、事実上奪い取ってしまうことであった。

 労働者は今や単なる“臨時雇い”の、決定的に弱い立場に置かれ、ブルジョアたちの意のままに処遇され、過酷に搾取されても一言も文句も言えず、どんな抵抗もできないような絶望的な地位に落されてしまった。

 そしてこのすう勢――労働者の地位の悪化、搾取強化、貧困化――を加速させたものの一つが、その中心的役割を担ったものが、“雇用”関係における「規制緩和」、つまり戦後ずっと法律で規制され、事実上禁止されてきた、請負・派遣業の(企業にとっての“間接雇用”の、“口入れ稼業”の)“解禁”であった。

 労働者の“臨時雇い”という形は戦後、例えば、女性のパート労働などとして一貫して存在してきたが、一九九〇年代以降の「労働の規制緩和」は、まさにこれを労働者一般にまで拡大し、普遍化したのである。ここ十年ほどで、“正規の”労働者が数百万人も減少し、他方、“非正規の”労働者はそれを上回る規模で増え、全労働者の三分の一の割合にまで増大したのだが、まさにこの数字こそ、この十年ほどが労働者にとって、どんなに大きな「受難の時代」であったかを端的に語っている。

 そして労働者の地位を引き下げるための策動の手助けとして動員されたのが、マスコミや八代等の卑しいインテリたち、ご用学者たちであった。

 我々はマスコミや知識人等の「規制緩和」や労働市場の自由化の議論を点検してきたが、今こそ、彼らの責任を問わなくてはならないのである。こうした連中こそが、ブルジョアや政府自民党の政治家たちとともに、労働者の地位の決定的な悪化に、その非人間化に決定的な責任を負っているのである。


【各地の“草の根”政治】
愛知/自民対民主の仁義なき闘い
総選挙の前哨戦・豊橋市長選

 去る八月一日の福田改造内閣の発足で、解散風が強まったとも言われているが、我が東三河地方は、今秋の十一月に予定されている豊橋市長選挙を巡って、すでに次の衆院選の前哨戦としての自民対民主の泥仕合が始まっている。

 市長選挙というものは原則上統一地方選挙の一環として、四年毎の四月に全国一斉に行われるものだが、豊橋市の場合は十二年前の九六年十月に、自民系の現職市長として四期目を迎えていた高橋アキラが、市の発注した豊橋駅前広場の電気工事をめぐる談合汚職事件で逮捕され、出直し市長選挙となったため、それ以後異例の十一月選挙となっているのだ。

 以来十二年間、『市民党』を看板にして三期連続で豊橋市長となってきたのが、それまで愛知十五区(東三河)選出の社会党代議士早川勝であった。彼は九六年当時、村山政権の総理補佐官であったが、自社政権の崩壊、社会党の分裂解体という国会情勢と地元の市長辞任の動きを両睨みし、同年十月の総選挙への不出馬と、市長選挙への転出によって自らの矮小な政治生命の延命を図ったのである。

 その間、市議会内では七、八割を占める圧倒的な勢力を有しながら、高橋の逮捕によって市民の信用が地に堕ちた上に、二つの派閥(「清志会」対「豊橋自民」)に分裂した自民党はなすところ無く、市長選の出馬も“自粛”を余儀なくされ、三期にわたる早川市政の“翼賛”の地位に甘んずる他無かった。

 早川は連合の推薦を軸として、民主党系との連携を重視する一方、自民党に対しても、すでに高橋時代に策定された第三次基本計画を継承し、自民党とも蜜月関係を維持する配慮を重ねて独特の“ボナパルティスト体制”を固めてきたのだった。

 そして、唯一『公共事業の縮小と福祉重視』を看板に早川市政に反旗を翻して、“闘ってきた”のが日本共産党であったが、いずれも惨敗に終わり、早川の独走態勢を許してきた。

 しかし、十年以上も冷や飯を食い続け、そろそろ自前の市政権の下で、うまい汁をたらふく吸い出さねば我慢できなくなったのが自民党の地元勢力であり、彼らの欲求不満は爆発寸前で、従来から独自候補を擁立しようと必至の画策をしたものの、“勝てる”候補者選びで難航し、断念してきたのだった。しかし、早川の三期目も残りわずかで、本人も従来から「多選弊害論」を口にしていたので、早川の引退を見越して、一年ほど前から自民党の動きは活発になっていた。

 昨秋、四月に県会議員に当選したばかりの小久保三夫が市長選への名乗りを上げ、さらに自民党県本部も、国土交通省中部整備局長佐原公一を豊橋市長選の公認候補に擁立する方向で本格的に動き始めた。

 今年の七月に入ってからは、県本部が佐原を自民党の市長公認候補として後援会を立ち上げたのに対抗して、小久保は県議会で自民会派からも離脱し、「政治生命をかけても」あくまで出馬の構えを崩さず、自民党はついに分裂状態で市長選に突入することになった。

 実際上は自民党の連中とも政策的には似たり寄ったりなのだが、有力な対抗馬がいないだけが取り柄で三期を重ねてきた早川は、自民の分裂を前に、今年の六月議会の閉幕直前になって「まだやり残した課題がある」と称し、ついに『四期出馬』を表明した。

 そして、これに早速乗ったのが民主党であった。彼らは以前から「政令市では四選以上の多選首長は公認しない」を公約していたのだが、まず連合が六月末に早川との「政策協定」を結んだ上で、早川の推薦を決定し、衆院民主候補者で十五区支部長の森本和義はすでに、十五区の小選挙区の座を自民党から奪取する最有力のチャンスとして、早川の市長選勝利のためになりふりかまわず自民との泥仕合に奔走している。

 これに対して、昨年春は自民党の一部と政策協定を結んでまで市議会のポストに固執した共産党は今回は出馬する元気もなく沈黙したままの体たらくで、この地方でも、真の労働者の勢力が草の根から立ち上がらねばならない時は近づいている。

 (東三河・鈴木)


【三面トップ】
自動車/新たな国際的再編へ
激化する市場獲得競争
ガソリン、原材料の高騰が背景に

 主要な生産的産業の一つとして経済発展をリードして来た自動車産業の業績が悪化している。ガソリン価格の高騰、景気の後退の結果である。ガソリン価格の高騰で新車の販売は鈍り、とりわけ利益の大きい大型車の落ち込みは激しい。こうした中で市場獲得をめぐって国際的規模での資本の競争は一段と激しさを増している。市場獲得のカギとなるのは低公害・低燃費の次世代「エコカー」及び低価格車の開発である。新技術開発を巡って国境を超えた資本の提携も行われ、新たな世界的な再編は必至である。

 ◆縮小する先進国の需要

 需要の縮小を示しているのは8月に発表されたトヨタの世界販売計画の下方修正である。修正計画によれば、今年の販売は前年比1%増の950万台(計画985万台)に、生産は前年比横ばいの950万台(同995万台)に引き下げる。

 販売計画を下方修正することになった主要な理由は米国での販売の低迷である。1〜6月期の米国での販売は前年同期実績を割り込み、特に6月は前年同月比21%減と大幅に落ち込んだ。これに伴ってトヨタは今年の米国での販売計画を前年比7%減の244万台(当初計画264万台)に下方修正した。

 国内市場も販売が低迷し、計画より5%減の155万台(同160万台)に引き下げた。日米ばかりではなく欧州も同様で、西欧諸国を中心に4%減の119万台(同127万台)に下方修正した。

 先進国の市場が縮小しているのは、ガソリンと鋼材など原料の高騰や景気減速の影響である。

 とりわけ米国ではガソリンの高騰による大型車の落ち込みが激しい。排気量が大きく、燃費効率が低い大型車中心のゼネラル・モーターズ(GM)などビッグスリーは軒並み経営不振に陥り、工場縮小、人員削減などのリストラに追い込まれてきた。

 トヨタもまた大型車の需要縮小の影響を受けている。トヨタは2千人が働くテキサス工場、インディアナ工場、オクラホマ工場の3工場を8月から3か月の生産停止することを決定した。テキサス工場は大型車生産の拠点として2006年11月に稼働したばかりである。テキサス工場はトヨタにとって、ビッグスリーに対抗する戦略の柱であった。しかし、大型車不振によって構想からわずか2年もたたないうちにうちにつまずいた。

 トヨタをはじめ日本のメーカーがビッグスリーの支配する米国市場に食い込み、市場を伸ばしてくることができたのは低燃費、低価格の中・小型車であった。しかし、トヨタは米国での地歩を固めるとともに、大型車の比率を高めてきた。昨年5月、トヨタの渡辺社長は「トラックはまだ弱い」と、同分野のシェアを10%にまで倍増させる方針を明らかにした。そして、ミシシッピに2010年をめどに多目的スポーツ車(SVU)を年間15万台生産する大型専用の組み立て工場(投資総額13億ドル、従業員数2千人)を建設する予定だと発表した。トヨタが生産拡大の目標を大型車と定めたのは、小型車は利益幅が小さいのに比べて、大型車の利益は1台約1万ドルと大きいからである。利益を拡大していくためにビッグスリーが圧倒的市場シェアを持っている大型車市場に進出していこうとしてきたのである。

 トヨタにとって米国市場は海外最大の市場であり、営業利益のうちの5割を稼ぎ出している。トヨタは米国で儲けて、その利益を中・東欧、中国、南米など需要が拡大している地域に投資して発展してきた。しかし、頼みとする日本や米国でこれまでのような利益を上げることが困難となった。稼ぎ頭の米国や日本の需要低迷で最終的利益を示す純利益は、今年4〜6月期で前年同期比28%減の3536億円となった。昨年夏に打ち上げられた2009年に「世界販売1000万台」目標は早くも先送りされ、「2010年代の早い時代に世界のシェア15%を獲得する」という戦略も暗雲が漂いはじめた。

 自動車産業は低価格で安定した石油の供給によって発展してきた。しかし、発展を続けてきた自動車産業は石油価格の高騰によって根底から揺らいでいるのである。

 ◆小型車、低価格車の開発競争激化

 石油・鉄鋼など原材料の価格高騰は、自動車産業の競争を激化させている。

 1990年代から2000年代の初めにかけて国際再編の動きが活発となった。この象徴となる動きは、ダイムラー・ベンツによるビッグスリーの一角を占めるクライスラーの買収であった。それ以外でもGMは日本のメーカー(いすゞ、スズキ、富士重工業)、韓国メーカー(大宇自動車)、欧州メーカー(ファイアット)へ参入するなど、グループ化を推し進めた。またフォードも欧州の高級車メーカー(ボルボ、ジャガー、アストンマーチなど)を買収し、経営拡大を目指した。しかし、GMやフォードは経営不振に陥りリストラを推進中である。またクライスラーを買収したダイムラーは、クライスラーの経営再建をすることができず、米投資フォンドであるサーベラス・キャピタル・マネイジメントに売却した(07年)。ダイムラーがクライスラーを買収した当時、今後国際競争の中で生き残るのは「400万台」以上の生産規模をもつメーカーだといわれた。しかし、規模の拡大を図るという戦略は破綻した。石油・原材料価格の高騰によって条件が変わったのである。今後の競争力のカギとなっているのは低価格車の開発であり、エコカー開発である。

 小型車部門では競争は一段と激化しようとしている。米国の販売台数は、今年上半期は大型車が18%減となり、4月以降で小型車の割合は5割を上回り、大型車と小型車の販売台数の比率は逆転した。ビッグスリーも大型車の不振から中・小型車を重視する方向に転換しつつある。

 GMは6月、大型車4工場を休止する一方、中・小型乗用車を大幅に生産することを明らかにした。フォードも欧州の小型車を北米に投入し、大型車の3工場を小型車にふりむける「小型車攻勢プラン」を打ち出した。そしてGMとフォードは新型開発の小型車を2010年までに投入する計画を進めている。ビッグスリーが独占してきた大型車市場を日本のメーカーが浸食してきたのだが、これとは反対に今度は日本のメーカーが優勢を誇ってきた小型車市場にビッグスリーが巻き返しをかけようとしているのである。

 小型車をめぐる競争は、たんに米国市場だけではなく世界的規模で展開されている。

 インドを代表する総合財閥タタの中核企業の一つであるタタモータース(世界第6位の商用車メーカー)は、新型車「ナノ」を開発、10月から販売する。価格は10万ルピー(25万円)と廉価であり、年間800万台の二輪車(4〜8万ルピーが主流)利用者の取り込みを狙っている。そしてさらに、南米やアフリカなどの新興諸国や欧州への輸出も視野に入れている。

 日本を追い抜いて世界第2の市場となった中国では、日産、現代自動車のブランドを抑えて販売台数で中国第5位の奇端汽車の「QQ」の価格は約50万円で、現在世界で最も安い自動車でイランや中東にも販路を拡大している。

 一方欧州では、ルノーは傘下のルーマニアのメーカー・ダチアと組んで、東欧・西欧向けの廉価車として「ロガン」を発売した(約75万円)。ルノーのゴーン社長はさらに安い2000〜3000ドル水準の廉価車の開発の意欲を語っている。ドイツのフォルクスワーゲンも3000ユーロ(約48万円)の低下価格車の開発中である。

 日本のメーカーとしては日産がナノに対抗する廉価車として「ULC」を11年に発売すると発表している。将来はアジアや南米へ輸出する予定である。トヨタもブラジルやインドなどの新興国市場向けの「戦略小型車」を開発中である。

 ◆エコカーの開発競争も

 低価格車の開発と並んで今後の競争力を決定づけるのはエコカー(環境適応車)の開発である。地球の温暖化が進み、二酸化炭素などの温室ガス削減のための規制強化が課題となっているが、自動車からの排出量はかなりの部分を占めているからである。例えば日本の場合、自動車の排出する二酸化炭素は総排出量の約2割を占めるといわれている。エコカーの開発競争は激烈となっている。

 ガソリンエンジンと電気モーターを併用したハイブリッド車が登場してから約十年、この間ハイブリッド・システムはトヨタ、ホンダの独壇場であった。しかし、さらなる技術の改良が必要とされている。

 現在のハイブリッド車の最大の難点は、普通のガソリン車と比べて価格が高いことだ。ガソリン車に比べてハイブリット車の方が40〜50万円割高になる。このためホンダは価格差を20万円程度まで縮めたハイブリッド専用車を09年までに発売する予定だという。トヨタも10年代初めまでに価格差を現在の半分程度とすることを目標としている。

 電池技術の改善も課題である。現在主流のニッケル水素電池は体積や重量が大きいため車体の小型化が困難であり、また燃費の効率化に限界がある。電池を軽量化、小型化できれはさまざまな車種への搭載が可能になる。

 一方、ドイツの大手メーカーであるダイムラー、VW、BMWの3社は、米国での低公害・低燃費のディーゼル乗用車販売で連携する。ダイムラーの次世代ディーゼル技術を共同使用し、クリーン・ディーゼル車の普及を促進させる共同作戦である。日本や米国ではガソリン車が主流であるが欧州ではディーゼル車が多い。ディーゼルエンジンは、窒化酸化物(NOx)や粒子状物質(PM)などの有害物質を多く排出するものの、ガソリンエンジンに比べて二酸化炭素の排出量は少なく、燃費効率も3割程度優れている。最近ではエレクトロニクス部品や触媒技術が進歩してきたことから、ディーゼル車は新車発売の乗用車の5割以上に達している。

 米国でも日本ほど市街地走行がない、一方では高速道路を利用する割合が多いことからクリーン・ディーゼル車が増えてきている。ガソリン車より騒音や振動が大きいという弱点を持つが、ガソリンより価格が15%程度安い軽油で走るのも強みだ。VWは北米市場に低公害ディーゼル車を投入、これを武器に北米市場でのVW車販売を現在の3倍の100万台に引き上げる計画だという。

 一方、米国では二酸化炭素削減のための燃料としてエタノールが普及し始めている。GMは米バイオ燃料のベンチャー企業・スカタと提携、10年までにエタノール車の生産を倍増すると発表した。エタノールは環境対策ばかりではなく石油に代わる燃料として米国の国家的支援も受けている。

 フォードは、ターボチャージャー(高圧の排出ガスを使ってタービンを回転させ、多くの空気をエンジンに送り、高出力を得ようとする装置)や直接燃料噴射技術で燃費効率を高めた低公害型エンジンを北米で5年以内に年50万台に搭載する方針を打ち出している。

 クリーン・ディーゼル車が脚光を浴びるなかで、日本のメーカーとしては、ホンダがディーゼル車を日米で販売する計画を進めているほか、日産も多目的スポーツ車で、新排ガス規制に対応した日本初のクリーン・ディーゼル車の国内販売を目指している。「技術革新でディーゼル車は環境性能と走行距離性能が両立できるようになった。大型から小型まで車種を増やしたい」(日産役員)と述べている。

 トヨタも中・小型車でハイブリッド車を増やす一方、大型車ではクリーン・ディーゼル車を投入する方針を明らかにしている。

 エコカーへの関心が強まっているのは先進国ばかりではない。インド、タイ、中国では低公害車に対して税金を軽減するなど国家がこれを後押ししている。

 現在、エコカーとしてハイブリッド車、エタノール車、低公害ディーゼル車の3つが入り乱れているが、いずれの方式にせよ温室ガス等有害物質の排出が少なく、低燃費の自動車の開発が市場拡大のカギとなっており世界のメーカーは、開発にしのぎを削っている。

 ◆新たな国際的な再編へ

 エコカーの開発は、より効率的な電池の開発などで電機産業との提携も必要である。トヨタがパナソニックと提携したのも軽量でしかも長持ちするハイブリット車用電池の開発のためである。電池の開発のためばかりでなく、電機産業との協力は広がっている。80年代以降、マイクロエレクトロニクスの技術が進歩し、エンジンの制御などの分野でマイコンや半導体の装着が飛躍的に拡大してきた。現在ではガソリン車でも40〜50のマイコンやセンサーが使用されているが、ハイブリッドカーではその2倍近いマイコンやセンサーが使われている。

 今後、エンジン、エアコン、情報機器(カーナビ、カーオーディオ、ETCなど)、環境、安全、情報分野でカーエレクトニクスの需要はますます拡大していく方向にある。このため日立では自動車部品、機器製造を中核事業の一つと位置づけている。

 一方、国際的な競争の激化は部品メーカーの再編をもたらしている。

 海外では巨大な部品メーカーが次々に誕生している。それは、国際的な競争が激化したことから、GMなどコスト削減のために部品の内製をやめ外注政策に転換したことが背景となっている。

 日本のメーカーでも、重要部品のメーカーの合併、統合が進んでいる。例えば、トヨタでは、豊田紡織は内装部品を作るトヨタ加工、アラコ、タカニチの3社を合併して、トヨタの国際的展開に対応できる世界有数の内装部品メーカーとしての基盤を固めた。また系列を解体した日産も、電子・樹脂部品のカナソニックカンセイへの出資を拡大している。ホンダもエアバック、ハンドルメーカーの日本プラスト、ボディ骨格のメーカー菊池プレスなどとの提携を強めている。これらは中国などアジア市場をはじめとする国際的展開の重要なパートナーなのである。部品メーカーの系列化に消極的であったホンダが資本出資を伴うグループ経営路線に転換しつつある背景には、環境、安全、情報などにかかわる技術が重要度を増してきたことがある。これらの主要な技術は自動車メーカー以上に部品メーカーにある。部品メーカーと提携して新技術を開発していくことが競争の中で生き残っていくために不可欠になっている。

 トヨタは急速に拡大し、世界の自動車のトップメーカーとしての地位まで上りつめた。そのスピードは急速であった。ちなみにトヨタの06年の世界の生産台数は928万台で、10年前の96年の579万台と比べると1・6倍の増加である。しかし、こうした急激な経営の拡大の中でその矛盾もよりあらわになってきた。

 トヨタの強みは、「カイゼン」に象徴される品質管理による高い安全性と「低コスト」であった。「カイゼン」といってもそれの中身は、自主研究という名目で押しつけられたコスト削減のための「提案制度」(「QC」活動」であったり、分・秒刻みでの労働者の作業の管理であったり、系列下請け部品メーカーに下請け単価削減を押しつけることであった。トヨタ工場や下請け企業には大量の非正規労働者や日系外国人労働者が働いているが、彼らは社会保険も満足になく、トヨタ本体の正規労働者半分にも満たない低賃金で働かされている。「カイゼン」はトヨタ及び系列下請け労働者の徹底的な搾取を意味している。

 国内では労働組合はあっても、労働者の生活や権利を守るよりも会社の利益優先を唱え労使一体で労働強化を押しつけているし、トヨタは米国では労働組合も認めていない。

 労働者の犠牲の上に成り立っている「カイゼン」の矛盾は、長い間隠されてきたがリコール車の増大にも示されている。コスト削減が優先され、「安全性」がないがしろされてきたのである。資本が看板としてきたトヨタ車の「安全性・信頼性」は揺らいでいる

 鉄鋼、ガラス、樹脂など原料高の中でトヨタは今、「緊急VA(バリュー・アナリンス)」と呼ぶコスト削減策に取り組んでいる。今後発売する新型車のみならずこれまでの車種をも含めた原価低減を進めるという。鋼板については使用する種類を約2割削減、樹脂部分は耐久性を保持したままで使用材料を3割削減するなど部品メーカーを巻き込んで追求している。

 今後、トヨタはアジア、中・東欧、ロシア、南米などの新興諸国を中心に海外の生産の拡大を目指しているが、「カイゼン」の押し付けは労働者の反発、闘いを呼び覚まさずにはおかないであろう。

 一方、米国ではGMは早期退職などによる数万人の人員削減に加えて、会社が全額負担してきた医療保険金の削減、低賃金削減等のリストラを強行している。

 石油・原材料価格の高騰を背景に各国の自動車資本の市場獲得をめぐる競争は一層激烈になっているが、トヨタやGMに象徴されるようにそのしわ寄せは結局労働者に押し付けられるのである。

 石油、原材料価格の高騰を背景として、利潤確保、市場獲得をめぐって国際的な競争は一層激化している。今後、競争力を左右するカギとなっているエコカー、低価格車の開発には一つの資本では賄いきれないような膨大な資本が必要であり、そのための技術協力、共同など資本の提携も行われている。資本は一方では提携しつつ、競争しているのである。競争に負けるなら没落は避けられない。国際的な規模での生産の集中・集積は必至である。

 経済の“グローバル”化の中で、少数資本のもとへの生産の集中・集積の動きが高まっている。例えば自動車の鋼板の原材料となる鉄鉱石の分野では、英豪資本のBHPビリトンの英豪BHP・リオ・ティントの買収計画が浮上している。これが実現すれば世界の8割弱の市場を占めることになる。また環境技術に深いかかわりのあるプラチナでも南アフリカのアングロ・プラチナムら大手4社が9割近いシェアを占めている。

 こうした寡占体制を背景に、資本は価格を釣り上げ利益追求を図っている。例えば、鉄鉱石価格は、今年、2倍にも釣りあげられた。鉄鉱石の価格高騰の影響は、鉄鋼資本、そしてさらに自動車資本に波及している。

 自動車産業は、鉄鋼、石油、電機、繊維、化学産業と深い関連を持つ幅広い裾野をもち、産業をリードしてきた。自動車産業の再編の影響は、鉄鋼、電機などの分野に及ぶだろう。こうして、相乗的に国際的規模での寡占化の動きは加速していくだろう。

 自動車産業の現状は、国際的規模で生き残りをかけた資本の競争の激化、少数の資本のもとへの生産の集中・集積が進みつつあることを示している。これは国境を超えた世界の労働者の接近、団結の客観的基盤の成熟を意味している。労働者は資本の国際的再編のなかに利潤目的の資本の体制を克服した搾取のない新たな社会を展望し、そのために国際的に連帯し、闘っていくことが求められている。

 (田口騏一郎)


【三面サブ】
さらに深化する金融恐慌
アメリカ資本主義の脆弱性暴露

 “サブプライム問題”にたんを発する金融恐慌は、解決――“不良債権”の抜本的な“処理”、解消――に向かうのではなく、現代資本主義の矛盾、その脆弱さを暴露しつつ、一層悪化しつつある。

 IMFによれば、欧米を中心にした金融機関の損失学は四千億ドル(約四十四兆円)を超えたという。

 債権などの「証券化」と関連した、同様な“金融危機”は、サブプライムだけでなく、クレジットカード、商業不動産、企業買収案件にまで広がり始めている。

 米国のトップの大銀行のシティグループは、住宅担保証券、クレジットカード証券化、資産担保コマーシャルペーパーなど、サブプライムと同様な、複雑怪奇の“証券化商品”を、一兆三千億ドル近く(約百四十兆円)も保有しているが、そこにどれほどの“損失”が伏在しているか、外部者の誰も知りえないのである。

 “証券化”商品とは、サブプライムでいえば、住宅ローンを元にして高利回りの債券に組み直した“金融商品”である。一般的に言えば、銀行などが自分の債権・債務を“証券化”して「売り出す」ことである。

 サブプライムは高利回りと高い「格付け」に引かれて、世界中の投資家や金融機関が買い漁ったのである。

 だから、いったんその信用が幻想であって、“証券化商品”が急速に減価し、ただの紙屑に近づきかねないとするなら、一つの世界的な金融恐慌が勃発するであろう。

 住宅ローン、クレジットカード、商業不動産債権、リース債権などを“証券化”するということは、単に信用の上に信用を積み重ねる、あるいは信用の形態を転換するという形式的な問題にとどまらない。

 まず銀行にとっては、債権を“流動化”するという意義を持っている、つまりその債権の満期がくるはるか以前に、その債権を現金化することができ、それだけ信用を拡大し、膨らませることができる。

 それだけに、信用が一層膨張し、実際的な関係から遊離していく可能性もまた大きくなる。

 また信用関係が何重にも積み重ねられるため、サブプライム問題に典型的に見られたように、元の信用の実際的な内容を蔽い隠し、そこに危険で、バブル的な契機があっても隠蔽されて広く波及して行く。

 ブルジョアたち(とりわけ金融ブルジョアたち)は、いくら複雑な信用関係が織り成されたとしても、コンピューターが開発され、通信・情報技術も進歩して、“証券化”にともなう煩瑣な事務などもいくらでも処理でき、心配することは何もない、と強調しても来た。

 しかし今では、債権の商品化なとについて言われてきたことがすべてぺてんであり、幻想であることがすっかり暴露されてしまった。

 複雑怪奇な信用関係を作り出し、その陰で金融バブルを演出してきただけ、その矛盾もまた深刻であり、複雑であり、根深いものになっている。

 アメリカのサブプライム問題にたんを発した金融恐慌は、アメリカ資本主義の――したがって現代資本主義の――本質的な一面を、その“繁栄”と“栄華”の陰に隠されてきた深い矛盾を、産業にではなく“虚業”に傾斜してきたその本質的な脆弱性を暴露した。

 この二、三十年、ブルジョアたちが言いはやしてきた、“新自由主義”による繁栄とか、“株主資本主義”のもたらす新たな発展とか、“証券化”の生み出す大きな利益とかいったものが、すべて幻想であり、虚偽であったことを、我々はいま確認できるのである。

 (W・H)


【四面トップ】
生活保護認定拒否の実態を告発
大山典宏『生活保護vsワーキングプア』

 「ワーキング・プア」が大きな社会問題となっているが、著者の問題意識は、「ボロボロに傷ついて壊れる若者が大量生産されている」、この状況をどうするかである。「自己責任」ということで放置するのか、あるいは貧困の中で壊れてしまう前に「自立」のための手を差し伸べるべきか。著者の結論は、たとえ生活保護費が一時期拡大したとしても、「ワーキング・プア」を生活保護で救済し、若者を貧困から救済し、「自立」へ向けて援助をおこなわなければならないというものである。それはたんに「壊れていく若者たち」を救済するということだけではない、その子どもたちを救済するということでもあるというのだ。

 ◆「生活保護」受給者の現状

 著者は市の生活保護のケースワーカーとして働いてきた。その現場からの「応急処置」としての提案であろう。もちろん本当の問題は働く現場にあり、まずは雇用と暮らしていける賃金の保証にあるということは明らかである。本書はそこには触れることはない。しかし生活保護の現場において問題なっているのはまさに働く世代であり、その貧困の解決であるという指摘は意味がある。このまま「自己責任」ということで「壊れる若者たち」を切り捨てていくなら、現状の生活保護の制度のままでは、いずれ途方もなく拡大し、破産する。どうするか、ということである。

 著者はまず「生活保護が激増している」といわれる点を問題にする。確かに世帯数は1992年の約58万8千世帯を底に2004年には初めて100万世帯を突破した。では「生活保護被保護人数」はどうか。制度発足時の1951年には200万人を超える人々が「生活保護」を受けていた。1980年代前半は140万台の前半だった。確かにそれ以降は減って1995年には88万人となり、そこからまた増えているが、しかし現在(2003年時点)ではまだ1980年代の前半の140万人を超えてはいない。「世帯数」が増加したのは「単身世帯」が増えたのであり、つまり「激増する生活保護世帯」というのはトリックだというわけだ。

 問題はむしろ、著者も言うように1990年代半ば以降「ワーキング・プア」激増の中でなぜ、生活保護受給者が増えていないかということであろう。

 著者は生活保護を利用している人の「世帯類型」を見ている。「類型」は「高齢者」、「母子世帯」、「傷病・障害」、「その他」の4つである。「その他」とは働いても最低生活費以下の収入しか得られない世帯(「ワーキング・プア」のことだ)が含まれる。1965年と2005年の比較をしている。1965年はそれぞれ順に23%、14%、29%、34%である。2005年は47、9、35、9である。2005年には「母子」と「その他」が極端に減っている。つまり生活保護を受けている者の多くが「高齢者」と「傷病・障害」となった。「ワーキング・プア」は排除される構造に転換されていたということになる。

 ◆認定阻止の「水際作戦」

 1981年厚生省の「生活保護の適正実施について」(通称「123号通知」)から始まったとされる「水際作戦」によって排除されていったのは「高齢者」や「障害者」ではなく「働く年代」の人々であったという。生活保護の世代別利用者の推移を見るとよりはっきりする。60代以上の利用者はともかくも伸びている。1980年前半は約40万人で「バブル景気」の頃は35万人ぐらいに下がるが、それ以降は増加し、2004年には70万人となっている。ところが20〜50代の場合は80年代前半は約60万人であるが、「バブル景気」で30万人強まで落ち、その後増加はしているが2004年にはまだ50万人にも達していない。つまり1980年代前半の水準にも達していないのである。

 ではそうした「水際作戦」はどのようにして行われたのか。面接相談員は相談者にとって最善の方法ではなく、いかに生活保護以外に誘導するかを考える。働ける年齢であればまず生活保護の対象ではないと考える。「ハロー・ワーク」に行けと言う。母子家庭ならば、子どもを保育園に預けて働けという。「病気だ」といえば親族に助けてもらえという。親族が誰もいない者はほとんどいない。それでもあきらめない者には生活福祉資金の貸付制度の利用を勧める。

 「就労」「扶養」「貸し付け」のカードを織り交ぜながら、自助努力を求めていく。ほとんどこれで対応することができる。それらの実現がどんな困難かは勘案しない。

 「水際作戦」はもっぱら働く能力ある若い人たちをメインターゲットとして展開された。「仕事はいくらでもあるはず」と「バブル景気」を背景に、生活保護から若者の排除を行った。もちろん母子家庭の母親へも。では「バブル景気」が終わった後はどうなったか。つまり仕事を見出すことも出来ず、家族の助けも得ることが出来ない人たちはどうなったか。「消費者金融」に手を出し多重債務となり、自殺に追い込まれていった。あるいはホームレスに落ち込んでいった。

 そして「壊れる」ということによって、ようやく生活保護にたよることができた。先の1965年に比べて2005年の世帯類型は「傷病・障害世帯」の割合が増えている。厳しい労働条件の仕事でボロボロになるまで傷つき、家族関係の葛藤に悩まされ、心の病(「うつ病」)となってはじめて生活保護を受けることが出来る。多くの福祉事務所ではこうしてボロボロになって誰がどう見ても生活保護が必要と認められるようになってから初めて生活保護の対象として受け入れる。

 ◆「壊れる」若者たちの増加

 どういうことになるか。「壊れる」若者は増加の一途をたどる。一端「壊れた」若者が社会に復帰することは容易ではない。高齢者の被保護世帯とともに受給期間は長期化する。「水際」作戦を展開すればするほど、「壊れる若者」が増加し、生活保護から自立が難しくなる。つまり「水際作戦」というものはお年寄りや障害者を追い返すものではなく、「働ける若者」に生活保護を利用させないということだった。

 もはや誰も助けてはくれない、生きるか死ぬかすべて自己責任である――こういう仕組みが生活保護行政の現場でも作られていたということである。著者の指摘に改めて慄然とせざるをえない。まともな職はない。仕事にありつけたとしても生活していくことができない。家族にも頼ることができない。どうすることもできない。

 日経連の「新時代の『日本的経営』」が発表されたのが1995年である。企業はもうこれまでのように大量に正規社員を抱え込むのではなく、経営の中枢をになうわずかな社員とあとは状況に応じて使い捨てができる労働者がいれば良しとされた。1998年には「労働者派遣法」の「改正」が行われた。原則すべての業種に「派遣」が認められることになった。こうして「ワーキング・プア」、つまり働いても働いても食っていくことができない大量の労働者が作られていった。

 こうした一方で生活保護の現場では「働く年代」が排除されていったのである。その結果はどうか。1998年から自殺者は年間3万人を超え続けている。それが10年といえばすでに30万人の累々とした死者ということになる。「消費者金融」により「多重債務」での「破産申し立て」件数は1990年代はじめまでは多くても数万件で収まっていたが、2000年以降は15万件から25万件にまで激増しているのだ。

 救いは「壊れる」しかない。「犯罪者」として牢獄で救われるのか、それとも精神的、肉体的に「壊れる」ことでやっと生活保護にありつけるかである。

 著者はこのままで行くなら、「壊れる若者」は増え続け、したがって生活保護費はかえって増え続け、破綻するだろうという。もちろん現状の生活保護制度は破綻するかもしれない。しかし、もしそうなればさらに生活保護の中身を切り縮め、縮小していくことも可能である。いや、むしろこのほうが現実的だろう。そしてそのことが意味するのはより一層の社会の階級的対立が深刻化するということである(著者は「高齢者」、「傷病・障害」者は特に問題としていないが、たとえ件数的には受給者は増えていたとしてもより一層受給が困難になってきているということもまた確かだろう)。

 ◆典型的な北九州市の実態

 著者は「水際作戦」を典型的に行ってきた北九州市の場合をみている。2000年から2006年までの保護率の推移を見ると、全国いずれも数字は増加しているのに、北九州市だけは横ばいである。さらに北九州市の1982年と2006年の「世帯類型別構成比」はもっとその傾向を端的に表している。1982年は「高齢」「母子」「傷病・障害」「その他」はそれぞれ27・4%、13・9%、45・5%、13・2%である。2006年はどうなったか。それぞれ66・0%、2・0%、27・5%、4・5%である。「母子」「その他」が激減している。つまり「働く世代」をまったく追い出したのだ。もう一つの別の数字も出している。1984年、北九州市の20〜30代で生活保護を利用する人は全体の13・8%をしめていた。ところが2004年には3・9%に。人数でいえば5504人から491人へ。11分の1へ。子どもが小さいため就労の場を探すのが難しい母子家庭や失業で日々の生活の糧を失ったフリーターなどはそもそも生活保護の対象にしていない。

 「水際作戦」の本当の被害者は誰か。それは子どもたちだと著者は言う。同じように生活保護の「世代別利用者数」をみると0歳〜19歳の減少が最も激しい。明らかに生活保護から子ども達が排除されていった。果たしてこの子どもたちに「自己責任だ」ということが言えるのかと著者は怒る。

 著者は「プチ生活保護」を提起する。「入りやすく、出やすい生活保護」ということである。同時にたんに困った人を助けるものとしての生活保護ではなく、「自立支援」としての生活保護を主張する。もちろん方向としては間違ってはいない。しかし本当の問題は働く現場にあり、まずは雇用と暮らしていける賃金の保証にあるということは明らかである。本書はそこには触れることはない。

 (有賀明彦)


【四面書架】
植田樹著『コサックのロシア』
復活する“コサック軍団”

 コサックとは一体何者なのか? ロシアにおける彼らの正体は何なのか?

 我々日本人が抱いているイメージは、旧ソ連時代にモスクワのボリショイ・サーカスなどと一緒にしばしば来日したコサック合唱団や、コサックダンス興行団の巡業公演を思い浮かべるだろう。独特の帽子、裾長の上衣、腰に短剣を吊るし、彼らの歌声は、草原を渡る風の様に深く、どこか哀愁のただよう雰囲気をかもし出している。

 そのノスタルジックな哀調を帯びた響きは何と物哀しく、魂をゆさぶるような呻きにも似た歌声だ。文学にいそしんでおられる方々も、例えばゴーゴリの『タラス・ブーリバ』、ショーロフ『静かなるドン』などの名作に語られていることはご存じだろう。それは過ぎ去りし日々の記憶がロマンをともない、ロシア人の心に映る郷愁なのだ。

 彼らは、代々世襲的な戦士の家系に、戦士として生まれた。少年の頃から馬を駆使し、戦う技術を教え込まれながら育ち、生涯ロシアの内外の戦闘や戦争に従事する兵士として生きた。更に又、ある時は無頼の徒となり周辺の異民族を襲撃し、殺戮、略奪を事とした。帝政ロシア国家の侵略戦争の尖兵となり、周辺諸国に計り知れない被害と恐怖をもたらす加害者の役割を歴史的、継続的にしばしば演じて来たのである。

 コサックは自分の死を恐れず、だからこそ、敵の殺戮をためらうことのない帝政ロシア軍の中の勇猛果敢な精鋭部隊だった。コサックの比類ない戦闘能力は、周辺の異民族には災厄であったが、発展期のロシア国家の膨張政策には大いに貢献したのである。そのコサックは二十世紀初頭、ソビエト政権の徹底した抹殺政策によって過去の巨大な草食獣や肉食獣のように完全に絶滅し、この地球上には再び姿を現わすことはありえないと思われた。

 しかし、ソビエト体制が崩壊すると、彼らの過去と現在は七十余年の氷河期を隔てて連綿としてつながり、絶滅したはずのコサックという肉食獣が新生ロシアに再び息を吹き返した。

 日本や諸外国は、とかくロシアの政治や経済の混乱の表面的な事象に注意を奪われ、ロシア社会の底部で進行するコサック復興の動きや、彼らを取り込もうとする危険な政治的ゲームにはほとんど関心が向けられていない。

 だがしかし、コサックは民主、改革路線を標榜したエリツィン政権からも、又、かつては彼らを抹殺した共産党からも祝福を浴びながら、今や着実に復活の道を歩み始めている。彼らは新生ロシアの国家機構の中に再び組み込まれて、帝政以来の伝統的な役割を新たな装いの下で再び担う決意を固めている。

 甦るコサックはロシアのこれからの進路にどのような影響をもたらすのだろうか。

 コサック復興のきっかけは、単にソビエト共産主義体制(国家資本主義)が崩壊し、抑圧の重しが取り除かれたからではない。

 新生ロシアの政府や一般国民の間にも、体制移行期の混乱の中で国家機能が正常に果たされなくなり、国境線の警備や国内秩序の維持のためにコサックの伝統的な役割を期待する追い風が吹いていた。

 しかし、武装する集団としてのコサックの復活は、いかに国家の監督下に置かれるとはいっても、いつかどこかで歯止めが効かなくなる危険が常につきまとう。暴走や政治的に利用されることを懸念する声が強い。

 コサックがロシア周辺の旧ソビエト諸国や、旧ユーゴスラビアの民族紛争に介入していることも、諸外国は警戒感を強めている。

 復活したコサック集団は将来、ロシアの民族主義と保守主義、そして恐らくは排外主義のもっとも強力で広範な中心勢力になるに違いない。

 そのような超保守集団の復活を助けてきたのが、曲がりなりにも民主改革派を旗印にしてきたエリツィン大統領であったことは極めて皮肉といわねばならない。そのエリツィン大統領は、一九九九年十二月三十一日、任期を半年残して突然辞任した。チェチェンに対する軍事作戦で盛り上がったロシア民族主義の熱狂を背景に“身内”のプーチン首相を後継の大統領にすえた。

 先年、コサックはバルカンのセルビア側を公然と支持し、あたかもセルビア保護軍のようにふるまった。この肩入れで見せた熱狂的なまでの民族主義感情の高まりは、コサック復活の社会的背景を雄弁に物語るものだ。ユーゴスラビア、ボスニアやコソボなどの民族紛争にも義勇軍として、或いは外国人傭兵として入り込み、常にセルビア人の側に立ってイスラム教徒を相手に戦った。

 今現在のロシア経済社会体制の下でのコサックは、石油産業の進展やルーブルの立て直しなどの上昇期でもあり、プーチン政権の支持により権力の一端を担う決定的なものではないが、決して無視出来ない存在になっている。

 コサックが復興する時代背景には、移行期の混乱の中で国家財政に依存しない治安、秩序維持のボランティア集団としてのコサックへの政府や社会内部の強い期待感があった。票田でもあるし、強持てを味方に付けておく利用法としての党利党略がそこには隠されている。

 今日、二〇〇八年八月七日、グルジアからの分離独立を主張する南オセチア自治州を巡るグルジアとロシアの武力紛争が激化しつつある。プーチン首相は、「事実上、南オセチアでは戦争が始まった」と指摘した。この武力衝突にもロシアのコサックの領土拡大の野望がからんでいると見るが、どうだろうか。

 (名古屋・冨永)


【四面連載小説/天の火もがも(5)――林 紘義】
こはいかに 入学即デモ、全学ストとはD

 またデモがあるというなら、クラス会を組織するしかなかった。そんなに毎週、デモの議論を設定するのは結構、重荷だったが、自治委員の任務だと言われればやるしかなかった。

 担任の南先生に時間をもらって――トゥインビーの原書をテキストに、授業が始まったばかりだというのに――、一枠の時間だけ、討論をすることにした。

 今回のクラス討論会で、一番激しく対立したのは、やはりジグザグ・デモの問題だった。議論はその是非論から始まって、他にもっと効果的なやり方があるのではないか、学生の本分は何かといったことにまで広がり、拡散していくのだった。

 久夫は、通行人に迷惑をかけるようなデモをしても共感は得られない、かえって反発を買うだけだ、無意味な自己満足だ、社会的に大きなアッピール力があると自治会は言うが幻想だ、等々の反対派の理屈にほとんど賛成だった。

 「目的がそれ自体、手段を正当化することは決してない」

 田口が大上段に、こんなテーゼを持ち出してジグザグに強硬に反対したので、議論は抽象的で、深遠な“哲学的”方向に迷い込んで行くかに見えた。

 田口は四角ばった人相からして“哲学的”で、重々しく、ゆったりと話すのだった。

 田口はガンジーの非暴力主義はもちろん、カントまでも引いてきて、自らの思想を補強しようとしたが、同じ柔道部でしょっちゅう久夫の部屋に話しに来る安弘や、“常識派”を自称する木下らがたちまち同調した。

 「自治会の人たちは、目的さえ正しければ、手段はどんなものでもいいと考えているようだが、しかし目的だけでなく、手段もまた正しくなければだめだ。仮に原水爆禁止という目的が正しくても、暴力的なやり方でやるなら、原水爆の実験を強行する連中と同じレベルに立つだけで、そんなやり方で目的を達成することは決してできない。ガンジーがインドの独立という目的を勝ち取ることができたのも、非暴力主義という原則に忠実に闘いを推し進めたからで、それにはイギリスの帝国主義者たちも反対し、抵抗することができなかったのだ。目的とともに、手段もまた崇高であり、正当でなくてはならない、間違った手段によって、目的をけがしてはならない、そんなやり方は正当な目的さえもあやうくする」

 田口の理屈がどれくらい正当かは久夫にはわからなかったが、彼の熱弁は自治会や活動家に対して、何となくうさんくさい反発や、反感を抱く連中に訴えるものがあった。久夫も田口の理屈に動揺し、もし議長でなかったら、数人の学生らとともに拍手したかもしれなかった。

 しかし自治会派の連中も負けてはいなかった。原口は例のように口角泡を飛ばして発言し、「ばかなことを言うな」と息巻いた。

 「田口は間違っている、目的と手段を形而上学的な対立関係に置いて、観念的な議論をやっているがナンセンスだ。考えてみろよ、目的と手段は切り離されて別々に存在しているのではない、ある目的があれば、それに対応して、それを実現するための手段があるのであって、抽象的な議論などいくらしても無意味だ。暴力はだめだと言うが、憲法でも表現の自由は保証されている、ジグザグ・デモといっても、その枠内のものなのは明らかだろう!?」

 もちろん、田口らにとっては(久夫にとっても)何も「明らか」でないだろうが、原口はいつもこんな押しつけがましい議論の仕方をするのだった。

 かくして、学生たちは、「目的は手段を正当化するか」、つまり目的が正しければ、どんな手段もゆるされるか、という“哲学的な”大問題(?)をめぐって“熱い”議論を延々と続けるのであった。

 こんな小さなクラスの中で、人類を何千年、何百年も悩ましてきた“哲学上の”大系争問題が持ち出され、激しい議論の対象にされるということは、ある意味で驚くべきことであった。少なくとも久夫はびっくりするとともに、大いに啓発されもした。これは確かに、どんな教養学部の授業にも優る、実際的で、有益な“教育”の一つではなかったろうか。

 久夫もうかうかとしてはおれず、こうした問題についても真剣に考え、自分としての立場なり、考えなりをはっきりさせなくてはならない、これまで自分は何と幼稚で、空虚だったのだろう、と反省すること頻りだった。

 議論の中では、対立する二つの陣営、二つの見解の間で、どちらかに賛成し、追随するしかなく、中間の立場は許されないように見えたが、しかし久夫はどちらが正しいと結論を下すことはできなかった。

 彼のこれまでの素朴な観念からするなら、目的が正しいなら手段はどうでもいい――関係のない人々にどんなに不都合や不幸をもたらそうと、損害を与えようと構わない、目的達成こそが重要だ――という粗野な見解には反発したが、しかし同時に、手段も重要だ、手段が正しくなければ、目的がどんなに崇高でも無意味だ、暴力的手段は一切拒否すべきという見解も、何となくインチキくさく、おいそれと支持する気にならなかった。

 批判派の連中が、学生運動や平和運動などは自分たちには関係ないといった立場をにおわしていて、久夫が反感を抱いたということもあった。

 要するに、どちらにも一理あり、それぞれに正しいように思われ、久夫は議論の中に入っていくことはできなかった。

 久夫は自治会やその人々には不信を持ち、高圧的に“がなりたてる”原口のような自治会派の人間には本能的に反発した。しかし――矛盾していたかもしれないが――いわゆる“一般学生”なるものを売り物にする、個人主義者たちを、彼らの自己本位やうぬぼれや自己満足や偏狭さ等々もいやで、自分の同類(アンのいわゆる「a kindred spirit」だ)と認めることはできなかった。

 彼らは口を開くと、「学生の本分は学問だ」、勉強することだ、学生は学問や知識によって社会に奉仕するのだ、学生がデモをしたくらいで何も変わらない、そんなものは大した社会的な意味を持っていない(社会的な影響力があるなどというのは空想だ)、ジグザグ・デモといったやり方でなく、もっと「学生らしい」行動をすべきだ、大学当局と対立したり、授業を犠牲にしたりするのもよくない、等々と主張したが、久夫の精神はそんな俗っぽい理屈に強く抵抗するのだった。

 もちろん、学生が一般的に勉強することは悪いことではない、しかしこんなことを言う連中が実際に熱心なのは、大学の授業ということだが、久夫は入学してわずか半月もしないのに、大学の「学問」といったものに、すでにすっかり幻滅し、あいそをつかしてしまっていた。

 そこには、久夫を引き付け、魅了するようなものは全くといっていいほどなかった。大学の「授業」に大して期待も持っていなかったにしても、それでも最初の瞬間から幻滅し放しだったのだからひどいものだった。入学してすぐだというのに、久夫はもう、「おれは一体何のために大学に入ったのか」と自問自答せざるをえなかった。

 だから、教養学部のこんな空虚な――と、久夫には見えた――「学問」や、その担い手の“お偉い”教授先生方を無条件で信用し、追随していくような“一般学生”とか、“優等生”たちに反感を抱いたからといって、誰が久夫を非難することができただろうか。

 つい二、三日前も、こんなことがあった。

 クラスでは、六人の代議員を選出しなくてはならない、というので、フランス語の授業が始まる前に、久夫は前に出てその相談をしていたら、平戸教授が入ってきた。

 たった数分食い込んだだけなのに、教授が突然、前に出ていた久夫の肩を叩いて、「君、黙ってやっていちゃ、だめじゃないか。二十歳近くになって、そんなことがわからないようでは、社会人として落第だぞ。もう大学生なんだから、少し自覚を持ちなさい。頼めば時間をやるのに」と、色をなして文句を付けてきた。

 久夫も、瞬間、教授の言うことはもっともだ、一言断わっておけばよかったと思ったが、何となくそのえらそうな、上から見下すような言い方が気にいらないので、無愛想に「すみません」と言っただけで、自分の席にさっさと戻って来てしまった。

 「いらないのか」

 教授は少し驚いたように声をかけた。

 「はい、いりません。後でやりますから」

 久夫は断固として言った。サルトルなどを翻訳している、この実存主義の大家か何か知らないが、お偉い教授を久夫は何となく好きになれなかった。学生や学生運動の味方づらをしているが――したいようだが――、どこか傲慢で、自己本位なにおいがプンプンしていて、なじむことができかなった。

 要するに、久夫には、大学の諸先生たちが、高校の先生たちよりも立派にも優れた存在にも見えなかった。高校の先生たちは、歴史や人文地理にしろ、物理、化学にせよ、英語や数学にせよ、みな、具体的な内容のある知識を熱心に教えようとしていたが、ここでは偉そうな“哲学的な”、何か思想的な発言はするが、授業に実際的な内容がないのだった、あるいはせいぜい高校時代の二番煎じというか、繰り返しだけで新鮮なものはほとんどなかった。

 だから、“一般学生”を売り物にする連中が、「学生の本分は学問だ」といった理屈を持ち出すこと自体、久夫にとっては「ちゃんちゃらおかし」く、彼らの味方をしたいという気持ちをたちまち奪い、なえさせるのだった。