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マルクス主義同志会機関紙
『海つばめ』

◆隔週日曜日発行/A3版2ページ
一部50円(税込み54円)

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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
  または各支部・会員まで。
  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1297号 2017年3月19日
【一面トップ】黒幕≠ヘ安倍政権そのもの――法違反と不正と虚偽のオンパレード森友学園
【1面サブ】籠池の国会証人喚問――終焉を迎えるか安倍の権力と時代
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】毒を食らわば皿まで――共産党天皇制擁護の先兵に
【二面トップ】危機の南スーダンから撤兵――何のための軍隊派遣だったのか

※『海つばめ』PDF版見本

黒幕≠ヘ安倍政権そのもの
法違反と不正と虚偽のオンパレード森友学園

 森友学園の経営についての追及が進むにつれて、公金横領や詐欺や補助金の略取や、安倍の森友学園への献金%凵X、どれだけの腐敗が出てくるか分からないような状況である。幼稚園の教育≠焉A3才から天皇制国家主義の教育という、安倍政権の理想そのままに、お粗末で、あきれた内容が暴露されている。安倍や反動派は今や、経営者の籠池は教育者の名に値しないとか、森友学園の教育は教育ではないとか言いはやしている。これまで、散々に森友学園の教育≠ネるものを美化し、持てはやし、チヤホヤしていたかを忘れたかに、である。そして今や、国有地を買い戻すと云った、姑息な手段で、この事件の幕引きを図ろうとしているが、もちろん労働者、勤労者はそんなことを許さず、安倍政権の打倒まで、この闘いを拡大して行かなくはならない。

 安倍は、もし自分が口利きをしていたら首相を辞めると開き直ったが、問題は単に安倍が個人的に籠池のために便宜を図ったか、図らなかったかと云った、簡単なものではない。

 安倍政権の国家主義政治と堕落頽廃権力の全体が、森友学園のスキャンダルとして、森友学園を巡る疑獄として、腐敗、不正として現れているのだから、森友学園といった、奇っ怪で醜悪なお化けを生み出したのだから、安倍政権とその反動と腐敗と国家主義の政治の全体を否定することなくして、森友学園を否定できないのである。籠池の森友学園は、安倍政権とその権力主義や天皇制国家主義、「日本第一主義」等々の生み出した象徴であり、そのおぞましさの集大成である。

 安倍政権は10億近い国有地をたった200万で森友学園に売った根拠を示すことができなかったし、今もできていない。

 問題は、大した量でもない、たかが一山のゴミ撤去に9億余もの巨額な金が必要だなどということは誰もまともに、合理的に(あるいは事実として)説明することは決してできない(事実、安倍政権も財務省も大阪府も、できていない)のに、そんなことが大手を振ってまかり通ったということである。

 安倍政権や財務省がいいはやすことは、手続き≠ェ正当であったという形式的なことだけである。安倍政権はそんな形式でなく、形式の背後に隠された真実が明らかになることをを極端に恐れていて、一言も語ることができないのである、つまり事実上、不正な売買が公然と政府と国家の名で、その後援と手助けによってなされたということを白状しているも同然である。

 自民党や政権は、国会で、不当に安く国有地が売られたのではないかという追及に、「ゴミなど撤去する責任は森友側に渡すから、ディスカウントは当然だ」(安倍)とうそぶき、「土地の売買価格の算定はなぜ外部に頼まなかったのか、政治の関与がなかったのか」等々の質問には、「国が埋蔵物の撤去費用を見積もり、売買価格に反映させた。適切な対応だった」(佐川財務省理財局長)など、見え透いた詭弁を重ね、はぐらかし、ごまかすだけである。

 なぜゴミ処理を森友学園に「任せる」なら、10億円になんなんとする土地価格を200万に負けてやっていいのか。安倍よ、ちゃんと答えてみよ。

 木っ端役人の佐川は、国が撤去費用を見積もった、だから「適切な対応だった」というのだが、国(財務省)が不正をやり、犯罪行為を行ったことを自ら白状していると同然である。

 だから、財務省がやった悪事であって、政治家の口利きなどなかったとでもいいたいのか、財務省が、つまり佐川等が安倍政権や政治家に代わって、罪を引き受けて、やくざ団体よろしくふるまう、穀潰し国家主義徒党の幹部の身代わりとして役に立ちたいのか、そして恩を売って将来、やくざ団体の幹部にでもなり上がりたいのか。

 やくざ政府の下走りの佐川は、麻生か、財務省の上級の幹部か知らないが、一体誰の指示や示唆か言外の圧力によって、国会で心卑しい真相隠しの発言を繰り返すのか、一体何のためなのか。

 また佐川は、外部の専門的な機関に依頼しないで、大阪航空局が撤去費用を8億円余もの巨額に見積もったことの正当性の理由として、「撤去に時間がかかり開校できなくなれば、損害賠償訴訟を起こされる恐れがあった」、だから急いだからだと、理由にもならない理由も挙げている。

 佐川が、なぜ専門的な♀O部機関に依頼しないで、国家機関が途方もない、常識外れの巨額な撤去費用をでっちあげたかという質問に答えないで、あったかなかったかも分からない、将来の「訴訟費用」などの偽りの理由を持ち出すしかないところに、森友学園事件がどんなに深刻で、悪質な国家犯罪、政府犯罪であるかを教えて余りある。

 安倍や官僚らのそんな空虚な応答は、そんなもので疑惑を否定でき、状況を切り抜けられるという思い上がりと、厚顔無恥と、「倫理国家」(稲田の言葉である)日本の完璧な崩壊ぶりを暴露しているだけである。

 愛国主義派=A安倍一派や安倍政権もまた、籠池に対して「怒っている」などと云う、政権のたいこもち連中の発言もある。

 それが本当かどうかは知らないが、本当だとするなら、彼等は一体何を「怒っている」のか、彼に対して立腹するなら、それはまるで奇妙で、筋違いではないのか、自分自身に腹を立てることにならないのか。

 籠池はいわゆる保守派∞愛国派≠ネるものの本性を――その反動性や時代錯誤や醜悪さを――暴露しているのであって、彼等は籠池を見て、鏡に映る自分を見ていると同じであることを自覚し、反省すべきであって、「怒る」などと云うことになるはずもないのである、「怒って」いていいはずもないのである。

 彼等自身、籠池の犯罪行為と腐敗と常識外れが明るみに出る前までは、籠池は安倍や安倍自民党や国家主義派、愛国派≠フホープであり、彼のやっていることは彼等の教育の理想像であり、彼等の中のアイドルでさえあって、安倍等や昭恵や麻生や菅や鴻池らによってさえ散々に持ち上げられ、ありとあらゆる行政上の@D遇や、政権ぐるみ、財務省(国家)ぐるみ、自民党や維新の会ぐるみの「口利き」特権(刑事犯罪を厳しく、しかも直ちに問われるべき口利き特権)を享受してきたのではないのか。

 散々に籠池を持ち上げ、はやし立て、世間に押し出し、宣伝しておいて、今さら、鬼っ子∴オいのバッシングをしていいのか、トカゲの尻尾切り≠フような忘恩の%k扱いをしていいのか、彼等はどの面さげて、そんなことができるのか。

 彼らは今や、彼等の裏切り≠ノ逆上して籠池が本当のことをしゃべるのを恐れてただ戦々恐々するだけである、そして国会招致に何が何でも反対することによって、彼等がどんなに大きな、「人には言えない」ような、明るみに出ては困るような数々の悪事を積み重ねてきたかを自ら認めるのである。

 しかし森友学園疑獄は、安倍政権と財務省(国)の全体にかかわる問題であり、彼等の悪徳と腐敗と刑事犯罪の掃きだめであり、オンパレードだというなら、森友学園のスキャンダルといったトカゲの尻尾切り≠ナ終わっていい問題では全くなく、悪いのは尻尾ではなく、トカゲの全体である、つまり安倍政権とそのもとでの国家機構の問題であり、今やその全体の悪徳と腐敗と犯罪が暴露され、摘発され、厳しく断罪され、罰されなくてはならないのである。

 もしそれがなされないなら、腐敗と反動の安倍政権がこれからも何の責任も取らず、自らの本性を隠し、ごまかしながら継続するなら、日本は再び、天皇制軍国主義下のかつての日本のような、悪徳と腐敗と軍国主義の日本に、ヒトラーの下でのドイツのようなファシズム国家に、忌むべき、最下等の国家に転落、堕落し、破滅の途を歩むしかなくなるのである。

 そして籠池自身もまた、保守派=A愛国派、天皇制軍国主義派のヒーローとしてもてはやされるのが落ちである。

 今や安倍政権は権力犯罪にふけるしかない、やくざ団体やゴロツキ集団の政権に堕したかである。安倍政権のもとで明らかになったことは、権力犯罪のオンパレードである。彼等の用いる手段は、国家財産のタダのような払い下げ、カネの不正なばらまき、収賄、口利き、補助金の違法供与、公然の、あるいは言外の脅しや恐喝、官僚への圧力や不正への示唆誘導、等々、やくざ団体にふさわしいものばかりである。

国家主義者の政府、安倍政権は、稲田が何といい、取り繕うとも、「倫理国家」の正反対のものと化した。今こそ、労働者、勤労者の力を結集し、この悪徳政府を粉砕し、一掃せよ!

   

籠池の国会証人喚問
終焉を迎えるか安倍の権力と時代


 『海つばめ』の編集が全て終わり、発行の間近になって、安倍から100万円の寄付を受けたという籠池の爆弾発言≠ェあり、安倍自民党も全てを単純に否定していれば嵐は過ぎ去ると表面だけであれ、楽観し、鷹揚に構えていることが、さすがにできなくなった。

それで一転して、籠池の国会の証人喚問招致に賛成し、そこで少なくとも安倍への疑いを晴らさなくてはならないというのだが、しかし仮にそれが可能であっても、国有地をタダみたいな価格で売り渡したという事実は依然として残っており、政権と自民党、国の不正への加担疑惑から、安倍が逃れることがますます困難になっている。

権謀術数と下卑た国家主義で権力の座にまで上り詰め、おごりと権勢をきわめ、我が世の春を謳歌していた、反動の悪党政治家、安倍の政治生命の終わりが近づいているのだろうか。

安倍に代わる自民の政治家はいない、というのは、安倍の下に権力が余りに集中しすぎたからである。そして野党に自民に代わって政権を担う実力も何もない。

 共産党が民進との共闘や

国民連合政府などをさかしらぶって持ち出したところで、そんな与太話に耳を傾ける、労働者、勤労者は一人もいないであろう。

 動乱の時代は不可避であり、また同時にトランプや習やプーチンらに代表される世界も混沌と疾風怒濤の世界に化しつつある。

こうした時に、我々が、新しい闘う労働者政党として再登場し、果敢な闘いを開始する意義はいくら強調しても、し過ぎることはない。

   

【飛耳長目】

★第一次内閣の時、閣僚の相次ぐ失言≠竍不祥事≠ノ足を引きずられ、政権を投げ出したことがトラウマになっているのか、安倍は閣僚のすべてを擁護し、守っていれば安倍政権も安泰と考えて、ボロを出し続け、軽率と無力無能をさらけ出す稲田を始め、お粗末な閣僚をかばい続けている★かつて、当時は反動政治家の最右翼と見なされた中曽根でさえ、「侵略、侵略というが、日本だけが戦争の惨禍を世界中にまき散らしたのか」などと発言した文相の藤尾正行に辞職を迫り、拒否すると罷免してしまった。自ら戦争に行き、太平洋戦争を経験したような政治家は、ただそれだけで、保守とはいえ、絶対に譲れないものをどこかに固く秘めていた★しかし安倍は、国会で虚偽発言を繰り返し、しかも開き直り、また意識的に虚言をしたのではなく、本当にそう思ったのだと下手な弁解をするような、あるいは森友学園のエセ教育や教育勅語を美化し、称えるような、往時の藤尾より何倍も無節操で、悪党の稲田を懸命に守っている。すでにそんな大臣が何名もいる。お粗末内閣でいいというわけだが、はたしてそんな内閣は安倍政権の命取りにならないのか★かつてはサンケイ新聞でさえ藤尾を批判し、「日本は侵略戦争の責任について米英を批判する『三分の理』があるが、韓国などアジアに対しては一厘もない」と論じた★昭和も遠くなりにけりか。(鵬)

   
   

【主張】

毒を食らわば皿まで
共産党天皇制擁護の先兵に

 天皇制を恣意的に、勝手に悪用することに道を開く法案成立が、全ての政党によって企まれている。

 天皇の意思を受けて、天皇の生前退位を可能にする与野党の合意がなされたが、それは民進の強調した皇室典範の改正によるものではなく、自民のゴリ押しした特別法によるものである。

 妥協の産物である「まとめ」の冒頭には、皇室典範改正が「必要」で各党は一致したとあるが、実際の内容は特別法でやるということで、野党は言葉だけで勝利したにすぎない。

 典範の「付則」に、典範と特別法は「一体」であると謳われているが、意味不明である。また、今回の生前退位は「将来の(典範の改正による?)退位の先例になることが明らかになる」と言われてもチンプンカンプンで、ペテンか、言葉の遊びにしか見えない。

 与野党合意は、典範改正による憲法に沿うやり方を主張していた民進の安倍政権への追随と迎合を暴露した。

 そして民進の妥協には、共産党や社民党が、先んじて安倍政権に迎合し、影響を与えたというのだから開いた口がふさがらない。

 共産は民進との統一戦線を重視すると言いながら、民進に先んじて自民と妥協し、取り入ったのだが、そんなやり方が横行する、民進との統一戦線の先が思いやられる。毎日新聞が「自民幹部は『自民も共産も歩み寄っているのに、民進は全然変わらない』と皮肉った」と報道しているが、全てを語って余りある。

 共産はそもそも天皇の意思表示(天皇の憲法違反の政治的発言)から始まった、生前退位の問題を受けた議論なのに、退位を認める根拠は「天皇の意思に置くべきではない」と矛盾したことを言い、また生前退位を認めない憲法や皇室典範は、制度として、天皇の「個人の尊厳」を認めないものとなっていることが問題だと、憲法絶対主義者の本性に反して、現憲法を批判するのだから支離滅裂で、何重の意味で混乱している。

 共産の愚者たちは、憲法の謳う「個人(天皇)の尊厳」を重視するという一方、憲法と皇室典範は無視するのだが、そんな些細な*オ盾は意に介さないのである。

もちろん自民とても同じことである。最初から「天皇の意思」を受けて始まった生前退位問題なのに、民進が、特例法に「天皇の意思」を退位の要件として入れるのかとただしたのに対し、憲法の「天皇は国政に関する権能を有しない」という条項をひいて、「天皇の意思をかかわらしめる法律制定は憲法違反の疑いが強い」と自分に都合のいいときだけ「憲法違反」を持ち出すのである。

 まさに狐と狸の化かし合いの世界である。

 要するに、与野党共に、憲法に沿うとか、沿わないとか言い争いながら、みな自分の都合のいいように憲法を解釈し、持ち出し、それぞれの立場を争うだけであり、天皇制も憲法も、政党の利益や立場に合わせて利用しているだけである。

 もちろん民進も似たようなもので、自民の特別法による解決は、「国会が議決した皇室典範により皇位を継承する」と定める憲法2条に反すると、ある意味では正道≠主張しつつ、いつものように自民に迎合し、屈服したのである。

 かくして天皇生前退位問題は、生前退位は自分個人の問題ではないという天皇の意思――これは、天皇制の延命と存続という天皇の願望と同じことだが――も、皇室典範による制度化という国民の総意(もちろん単なる多数派だが)も無視され、安倍自民の意思のみがまかり通る茶番して終息したのである。

   

危機の南スーダンから撤兵
何のための軍隊派遣だったのか

 安倍は10日、南スーダンに派遣していたPKO(国連平和維持活動)から5月一杯で撤収する宣言した。安保法による「駆けつけ警護」などの新任務が付与され、新しく自衛隊部隊がさらに派遣された、わずか数ヶ月のちのことである。PKOへの自衛隊の派遣が、そしてまた撤退も、日本国民のためのものでないのはもちろん、南スーダンの国民のため、労働者、勤労者のためのものでなく、ただ安倍政権のためのものであることが、その卑しい意図が完璧に暴露されてしまった。

 安倍は今年2月の国会で、南スーダンで自衛隊員に死傷者が出れば、「首相を辞任する覚悟を持つ必要がある」かに、他人事のように軽々しく語っていた。

 そして安倍は稲田と共に、南スーダン(首都のジュバとその周辺)は平穏であり、安心して自衛隊のPKO任務に従事できると強調し、この3月まで少なくともジュバは「安全」であり、「落ち着いていて」何の心配もないかに言い続け、昨年夏のジュバでの政権派(キール大統領派)と、政権を追われたマシャール元副大統領派との大規模な争乱は、「法的な戦闘行為ではなく衝突」だとか言いつくろってきた。

 とりわけ稲田にいたっては、「部族間の紛争があったが、PKO5原則の『戦闘行為』があったわけではない」、「憲法9条上問題となる言葉は使うべきでないから、武力衝突という言葉を使っている」と、愚昧な詭弁にふけり、事実をごまかし続けてきた。

 ここに至って安倍政権が急きょ全ての自衛隊員を撤退させるのは、まさに安倍政権の判断が甘かったということ、国連等々が指摘しているように、南スーダンはキール派のもと、いくらかでも安定した国家≠ェ生まれ、形成されているといった状況にないことを、安倍政権自身も認めざるを得なくなったこと、そして自衛隊を南スーダンに留めておくなら、政府派と反政府派の内乱ともいえる戦闘に巻き込まれ=A自衛隊に死者さえ生じかねない危機が――したがってまた安倍政権にとって、政権崩壊にまでつながりかねない危機が――発展しつつあることを自覚したからである。

 安倍政権がわざわざ「駆けつけ警護」の新任務を付けて、新しく自衛隊を送り出したことが、つまり安倍が安保法の実績≠フために策動したことが、かえって仇(あだ)となり、政権の命取りになりかねないことを恐れるのである。

 安倍政権による、安倍政権のための、ご都合的で、中途半端な、火遊び的軍隊派遣のお遊び政治が破綻し、破産したのである。

 国連自身、南スーダンの国家分裂と崩壊の危機、内乱と泥沼の民族紛争がさらに深化する危機に直面し、今や単なる停戦監視≠ニか、いくらかでもまともな政府≠前提にした国家――たとえば、2011年の独立後、13年のマシャール副大統領の解任までの統一国家≠ニか、15年、両派の和平合意′縺A昨年夏のジュバにおける両派の武力衝突までのかりそめの国家――を前提とした、PKO活動を修正し、より強化する方向性を打ち出している。

 国連の南スーダン派遣軍は、昨年12月段階で、中国やインドなど60ヶ国、約1万3千人の軍隊と警察を擁している。また国連は、昨年8月、PKOの増派を決議し、南スーダン政府も受け入れを表明したが、政府内の一部閣僚が「内政干渉」だと反発し、増派は実現していない。

 国連のPKO活動も、ルアンダの大虐殺の経験も経て、内戦状態の国家の「平和構築」に貢献≠オ、積極的に関与するという方向を打ち出し、南スーダンへの増派も提起されたが、もちろんそれはまさに「言うに易く、行いに難し」の実例のようなものである。

 というのは、資本のグローバル世界には、法的な£¥を保障する国家とその権力が存在していないため、弱肉強食の無法状態が支配しているからである。

 だから安倍は政権維持のために、危機を深める南スーダンからスタコラサッサと*ウ責任にも逃げ出すのであり、自らの「積極的平和主義」の偽りと看板倒れと恥をさらけ出すのだが、権力のためには、そんな体裁に構っていられないというわけである。

 安倍の「国際貢献」が、もしいくらかでも本心からのものであるなら、今の段階で、南スーダンの全国民の、労働者、勤労者の悲惨な状態――現実の、そして可能な――を見棄てて逃げ出すことがどんなに浅ましく、許し難いことであるということになるし、ならざるをえない。

 もし安倍が、それは安倍や自衛隊の任務でも、責務でもないというなら、そもそも安倍の、そして日本のブルジョア支配層の「国際貢献」とは何であったのか、何のために自衛隊を南スーダンに派遣したのかが問われるが、それは憲法がどうこうという問題ではない、それ以前の問題である。

 キール大統領派の権力を、南スーダンの国家と見なし、そのもとでいくらかでも経済的な利権や利益に与ろうとした日本のブルジョアたちのための、古典的な$ォ格の日本の軍隊の派遣だったのか、そうでないとするなら、一体どんな「国際貢献」のためのものなのか。

 ブルジョアたちや安倍ら反動は、そもそもPKO参加などは、湾岸戦争時、100億ドルを出したが、自衛隊を派遣せず、国際世論=\―どんな世論かは知らないが――から、「日本は中東の石油に依存し、大きな恩恵を受けながら、カネは出すが、人も血も出さない」とひどく非難され、反省した結果であると、もっともらしく解説してきた。安倍は南スーダンの情勢が悪いから逃げ出すと言ったのでは言行不一致、矛盾そのものである。またまた国際世論≠ネるものからの批判にさらされないのか。

 むしろ南スーダンの労働者、勤労者にとって単なる不幸と悲惨と饑餓と難民そのものでしかないような、ある意味では無意味な民族間の抗争や虐殺等々を防ぎ――できたら未然に――、一掃するために、他の諸国の軍隊と共に残り、努力すべきではないのか。

 ここにあるのは、プチブル民族派の共産党がわめくような、日本人が「殺し、殺されるような」ことがなくなればいいといった、単純な問題ではない。

 そして安倍は、「治安悪化」が自衛隊撤収の理由ではないと強弁し、言いはやし、「任務に一定の区切りがついた」からだと、いつものように見え透いたウソ八百を並べるのだが、単に醜悪であり、改めてやくざ政治家であることを暴露するだけである。

 そもそも南スーダンの首都やその近辺の道路舗装だといった矮小なことが、日本の軍隊の――畏れ多くも、軍隊さま≠フ――海外派遣の目的であり、その任務の中心で、「国際貢献」だというなら、そんな任務や「国際貢献」などまるでばかげていて、そんな愚劣なことがなぜ、何のために大騒ぎして強行されたのかが問われなくてはならないのである。

 しかも動乱の国ではどうでもいいような「国際貢献」さえろくに果たされ得なかったというのだから、ますますもってばかげたナンセンスである。

 安倍は撤退を宣言した時、国連司令部への要員派遣は継続し、南スーダンの国作りのために600万ドルを供与もするといい、またPKOが途絶えたことが具合が悪いと恐れてか、早急に世界の他の場所へのPKO派遣を検討するとも口走っている。

 しかし要員派遣といってもせいぜい数名の話だし、600万ドルに至っては森友学園の土地代おまけの9億円余にも達しない、7億円程度のはした金である。もちろん森友学園の場合は、はした金ではないとしても、今や国作りに励むという国に対しては、余りにお粗末で、失礼な話ではないのか。

それに、今7億円ほどを南スーダンに供与しても、実際には、キール派への贈賄くらいの意味しかないのである。南スーダンへの武器禁輸の試みにさえ反対した安倍政権は、その武器取引の自由が、キール派を利し、南スーダンの内戦の激化や深化に手を貸すと言うことを理解しようとしなかったと同様である。

 南スーダンではキール派が権力を握っているが、マシャール派を追い出した、彼の権力の壟断が正当かどうかを問われているのである。マシャールよりキールが正当であり、まともであるという根拠は何もないのであって、そもそもキール権力を南スーダンのまともな国家であると判断して、南スーダンに出兵した安倍政権は、支那¥o兵を決めた近衛内閣と大同小異のミス内閣ということだ。

 紛争や内乱等々に悩み、苦しむ、分裂した後進国家への先進的国家、ブルジョア国家の出兵には、必ずブルジョア国家の利権や国家利害が絡んでいるのは歴史の常識であるが――そしてまた現実の世界政治の常識であるが――、果たして安倍政権の南スーダンへの出兵とキール権力へのてこ入れは、一体何のために、どんな動機から行われ、そして挫折したのであろうか。

 我々はとりあえず、直接の動機は、安倍政権の権力の強化と延命であり、また同じ動機から撤退に帰着したと結論しておこう。

 そもそも南スーダンへの自衛隊の派遣は、民主党政権がスーダンの内戦が終息し、南スーダンが独立した11年に決めたものである。その当時は、国民統一の国家が成立したかに見え、国内に「紛争当事者がいない」かに見えたとしても、自衛隊の海外派遣≠民主党が認めたことは確かである。

しかし民主党は自民党に代わって、そんなことをしてよかったのか。民主党は憲法擁護を建前とする政党でなかったのか、同じ民主党(民進党)は、一昨年は、安保法に反対して安倍政権と闘ったのではないのか。

 つまりこうした事実は、民主党といい、民進党といい、二枚舌の、いつでも労働者、勤労者を裏切って、自民党やブルジョア階級と妥協し、なれ合うだけの政党であるということを余りに明瞭に教えている。

 そして志位は、そんな政党と連合することを自己目的とし、国民連合政府といったものを労働者、勤労者に推奨するのだが、そんなものが一体どんな積極的な意義を持つというのか。自民党に代わって、民進党と一緒になって、小選挙区制や政党助成金制度などを強行したり、自衛隊の海外派遣に手を貸すようなことを、今度は自らも、前歴のある民主党と手を組んでどんどんやろうということか。

 共産党がそんなことをするなら、労働者、勤労者は民進党と共に、共産党をもまた歴史のゴミために追いやるだけである。

   
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