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マルクス主義同志会機関紙
『海つばめ』

◆隔週日曜日発行/A3版2ページ
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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
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  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1293号 2017年1月22日
【一面トップ】トランプの登場と安倍政権―― 完璧に破綻するアベノミクス
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】天皇の生前退位問題――国会のなれ合い決着反対、国民的議論で決めよ
【二面トップ】沖縄・辺野古裁判が教えるもの――明らかとなったブルジョア民主主義の欺瞞
【二面サブ】企業指図の大矛盾――トランプの「雇用拡大」は幻想

※『海つばめ』PDF版見本

トランプの登場と安倍政権
完璧に破綻するアベノミクス

 「米国第一主義」や経済保護主義を公然かつ露骨にわめき立てるトランプ政権が発足した。NAFTAの見直しやTPPからの離脱を宣言し、中国やメキシコや、日本にさえ高関税をかけ、通貨安政策を攻撃するトランプの登場は、隠されていたブルジョア諸国の矛盾や対立や利己主義の現実を暴露し、世界的な政治的、経済的な諸関係を激動のちまたに、そして人類の世界史を再び、三度、危機の時代に導こうとしている。他国の利己主義を非難するトランプこそが、超大国の米国こそが誰よりも利己主義的に振る舞おうとするのだから、世界が混沌たる修羅場に転落し、再び1930年代のような現実がやって来ないという保障も何もない。安倍は「日米の同盟は不変の原則」などと、いつものようにもっともらしい言葉を用いれば現実が変わるかに浮ついているが、しかしオバマとは違って、傲慢不遜のトランプとの「同盟」は、屈辱的で、不愉快な目下の%ッ盟、「アメリカ第一主義」のまかり通る同盟でしかないことを知ることになるだろう。

新しい帝国主義と「力による政治」の時代

 平和主義的で、リベラルで、ブルジョア国際主義者、改革主義者≠フ大統領の米国は、その反対物の、自国第一を掲げる、露骨な国家主義者の大統領の米国に一変し、帰着した。

 自国本位のトランプはまた、不可避的に、えげつない反動であり、人種差別主義者でさえであって、移民や非白人や女性やイスラム教徒等々を、社会の弱い立場にある人々を、それぞれいくらか違った形ではあれ、侮蔑し、差別し、攻撃することによって、没落に瀕した、雑多な中産♀K級や一部の労働者、勤労者の自分への屈折した支持を拡大してきたのだが、それは丁度20世紀前半の大恐慌の時代、ヒトラーがユダヤ人を、経済的な困難や様々な社会的なゆがみをもたらす元凶として、スケープゴートとして、排除の対象として攻撃し、資本主義のもたらす矛盾から労働者、勤労者の目をそらし、ペテンにかけつつ、権力に到達したのと同様である。

 トランプもまた、移民や非白人やイスラム教徒等々を、資本主義のもたらす矛盾や困難や生活破壊等々のスケープゴートにすることによって、また資本の国際的な競争の激化によって没落の危機に直面する労働者、勤労者への保護者然として登場することによって、つまりデマゴギーによって自らの野心を満たそうとするのだが、それは米国と世界の労働者、勤労者に禍しかもたらさないことは確かである。

 もちろん米国は保護主義によって、その経済的な衰退や困難から抜け出すことはできないし――むしろ保護主義はそうした歴史的な傾向を助長し、促進する――、トランプが保護≠オ、救済しようとする人々さえも一層追い詰めることはあり得ても、救うことは決してできない、というのは、経済的保護主義や人為的な景気刺激策や為替安誘導等々は、見かけの、一時的な効果が仮にあったとしても、結局は国家財政の健全性を損ない、企業の経済活動を歪め、社会全体の寄生性を深め、一層の経済的衰退や頽廃に行き着くからである。

 トランプの「米国第一主義」は資本主義の本性であって、資本主義においては個人第一主義、企業第一主義が決して克服され得ないで、常に――とりわけ、深刻な、長引く不況や経済的困難が襲ってきて、自己の存在さえ脅かされるなら――、強力に露出してくるのと同様に、「自国本位」の国家主義もまた狂暴で利己的な本性を剥き出しにして、トランプや安倍等の粗野で、卑しい人格的表現を借りて登場するのだが、彼らは自国民の奴隷化に止まらず、あるいはそれをテコに、平気で外国への軍事進出や、外国の支配や隷属や植民地化に乗り出すのである。

 トランプの登場は米国の強さの現れではなく、反対に米国の支配する世界の終了を、したがってまた世界中の老舗(しにせ)の、あるいは新興のブルジョア大国による、世界のバランスオブパワー(勢力の均衡)の再編と新しい世界の覇権と均衡を目指しての競争と闘いが激化し、いわゆるパワーポリティクス(力による政治)のはびこる時代が再び訪れている現実を象徴し、暴露したのである。

トランプのTPP離脱は安倍の自業自得

 トランプのTPP離脱によって、安倍政権は大きな困難と挫折に直面し、安倍の「成長政策の柱」は夢と化してしまった。偽りのアベノミクス≠フ完璧な、そして必然的な破綻の到来である。

 安倍は必死でTPPは米国にとっても必要であり、有益だと説得しようとするが、トランプは委細構わず知らぬ振りである。トランプにとってTPPは必ずしも不可欠ではない、というのは、日本などとの2国間の貿易協定で、いくらでも日本から貿易関係で有利な交渉ができると踏んでいるからである。安倍が懸命に、対中国のために、それは必要だ、さもないと中国のアジアや世界の経済的影響力と覇権は強まり、圧倒的になる、それは米国にとってもマイナスだと説いても知らぬ顔である。 

 彼は日本が例えば牛肉の輸入で38%もの関税を残していることを問題にし、日本がそんなことをするなら、米国もまた自動車の輸入でも38%もの関税を課せ、米国は不正な差別的な関税政策で何万、何十万の労働者が職を奪われていると叫んで、自らの保護主義を正当化しようとしたが、しかし安倍政権はそんな非難に何一つまともに答えることはできなかった。

 安倍政権はTPPに遅ればせに、ようやく参加したが、それは米国などが「聖域なき貿易自由化」という原則で譲歩し、妥協したから、日本の特殊性≠認めて、農業保護主義を半ば容認したからにすぎない。安倍は、TPPでも「国益を断固守る」と喝破したが、その意味は自由貿易を深化させるということではなく、それを拒否するという意味でしかなかった。

 安倍は昨年10月18日の国会のTPP集中審議で、自分は約束通り日本の国益≠守った、TPPは「関税撤廃が原則」だが、そんな中で、「わが国は約2割で例外を獲得できた」、つまり「聖域なき」という原則を骨抜きにしたと自慢し、その成果≠誇ったのだから、つまりトランプに先んじて「自国第一主義」を貫徹し、保護主義のために闘ったのだから、安倍がトランプの立場を正当化し、彼が米国の労働者、勤労者をペテンにかけ、瞞着して大統領になり上がるのを助けたといわれても何の弁解もできないのである。

 つまりTPPの挫折を招いたのは他ならぬ安倍自身であって、彼は我が身の愚劣さや軽率を責め、嘆くことはできても、トランプを恨んだり、批判することなど決してできないのであり、ましてトランプを説得し、考えを改めさせ得るなど、坊ちゃん宰相≠ニして、大甘にすぎるのである。

国家主義とポピュリズムのはびこる中で

 21世紀が始まる頃から、世界中のブルジョア国家で、プーチンとか安倍とか、そしてまたトランプとかいった、まるで穀潰しのような、粗野で、二枚舌の国家主義者、ポピュリスト=Aデマゴギストや半デマゴギストが輩出し、のさばるようになってきたのは、近づきつつある「自国本位」の世界と国家間の激しい対立や闘いを予感してのことでないと、誰が断言できようか。

 資本が国内的な存在ではなく、ますます世界的な存在へと転化していくのは歴史的な必然であって、それは一方では資本主義の発展を極限まで推し進めることによって、他方では労働者、勤労者の世界的な存在と相互的な結びつきを確かなものとすることによって、そしてまた矛盾を深める資本の支配に対する、世界の労働者、勤労者の果敢な闘いを発展させることによって、その世界的な規模での解放を可能にし、また助長するのである。

 トランプは20世紀末のソ連圏社会の解体と、その後の資本主義世界を席巻したグローバリズム≠ニその本質的契機である自由競争によって追い詰められ、職を奪われ、没落に瀕した米国の労働者の支持を集めて大統領に成り上がったと評価されている、つまり現代における、労働者、勤労者の護民官だというのである。

 全く冗談ではない。彼は資本主義の矛盾によって労働し、生きる道を見失った労働者、勤労者を利用して、自分の個人的な野心を実現しようする詐欺師、悪党であって、彼らのトランプに対する幻想はたちまちしぼむしかないのである。

 現在、米国を中心とするブルジョア大国の労働者が追い詰められているのは、まさに世界をおおった資本のグローバリズムのためであるが、そのグローバリズムとは、産業資本とともに金融資本による世界支配であった、というよりむしろ、何よりも金融資本による国際主義≠ナある、つまり金融資本が世界を駆けめぐり、闊歩し、世界の労働者、勤労者を搾取、収奪する資本主義であった。

 しかしだからといって、保護主義が支持され、労働者、勤労者に推奨されていいということには決してならない、というのは、それは労働者、勤労者にとってマイナスであり、害悪であり、全体としての労働者の地位や生活を引き下げ、一層悪化させるからである。

 労働者、勤労者の闘いは、はびこる左右の<|ピュリズムを一掃し、階級的な闘いの大道に立ち戻るところからのみ始まるし、始まることができるのである。

破綻する日本の全ての政治勢力

 アメリカ大統領にトランプが選ばれることによって、日本国家の隠されてきた#髢ァが暴露され、したがってまたそんな国家を前提にして偽善的で、空っぽの平和主義などに溺れてきた、日本のブルジョアやプチブルの立場の偽善が、その根拠の薄弱さやジレンマが明らかになりつつある。

 トランプはアメリカの目下の%ッ盟国、つまり従属国である日本の地位をよく知っており、オバマなどと違って、日本をまさにありのままの目下の¢カ在として扱い、日本の立場や思惑など全く考慮せず、TPPなど「アメリカの国益に反する」と、いとも簡単に廃棄するし、また同盟国日本の頭越しに――かつてのニクソンのように――中国との取り引きに走りかねないのだが、それは安倍の体面だけの外交・防衛政策の根底を脅かすのである。

 そして同時に、トランプが、アメリカの「押しつけた」憲法、プチブルたちがありがたがって神聖視する平和憲法≠ネどまるでバカにし、9条を錦の御旗、唯一のよりどころとする日本の革新政党の幻想を、そんなものはパクス・アメリカーナ――アメリカの覇権のもとでの、偽りの平和――の付随物であって、アメリカが狭い意味での利益、つまり内向きの@益――といっても、それはアメリカがますますえげつない、利己的な帝国主義国家に転化していくことを意味するなら、単なる内向きの≠烽フとして終わらないのだが――を押し出すなら、それは、日本の偏狭で、空虚で、利己的でさえある共産党や市民派の平和主義が無力な願望もしくは欺瞞にすぎないことを、その階級的な本性を暴露し、彼らの政治に引導を渡すことになるだろう。

 「アメリカ第一主義」を掲げるトランプの圧力によるにせよ、またアメリカが当てにならず、頼りないという、内在的な@v求や衝動によるにせよ、安倍政権のもと、日本の軍拡主義に拍車がかけられることは一つの必然である。トランプがNATOに対すると同様に、日本にも国内総生産の2%を軍事費にまわせといった要求を突きつけるなら、共産党が「人殺し予算」と呼んだ、日本の「国防費」は現在の5兆円程度からたちまち10兆円ほどに倍増することになる。

 ブルジョアの日米安保体制べったりも、民・共や市民派の憲法9条の神聖視(無力な、いつわりの平和主義)も、まさにトランプの出現によって、すべて見せ掛けであり、「はだかの王様」と同じであることが暴露され、そんなもっともらしいものが欺瞞的虚偽と空疎な願望にすぎないという真実が明らかにされるのである。

 労働者、勤労者の国際主義と諸資本の支配に対する決然たる階級的闘いこそが唯一の真実であり、矛盾し、混沌とするブルジョア世界からの唯一の脱出であり、困難の究極的な解決であることを確認しなくてはならない。

   (この評論は、紙面の都合でお幅に縮小されています。全文はこちらをご覧ください)

   

【飛耳長目】

★志位は野党共闘にとち狂っているが、各野党が銘々自主的で、断固たる闘いを組織して安倍政権を追い詰め、打倒しないなら、自民党の、反動の政治はいつまでも続くであろう。志位は「自共対決」から自民と野党共闘の対決に進むのは政治闘争の偉大な進化であるかに、大会で大騒ぎしたが、実際には労働者の闘いを後退させ、弱め、ブルジョア協調主義の泥沼に向かっているだけである★93年の細川野党連合政権の経験を見ても明らかなように、お粗末で、便宜的な寄せ集めの野党共闘は、実際には自民党との闘いの放棄に帰着し、あげくの果てはたちまち崩壊して後に何も残さなかったのである。共産党はそんな貴重な歴史的経験がまるで無かったかに振る舞っている★志位は野党共闘が進まないのにイライラし、共産党への誤解を解くと必死だが、実際には、共産党は大人しい合法政党であって、ブルジョアや民進党が恐怖するようなものは何もないと懸命に弁解するだけである★志位はまた共闘への「壁」はますます弱まり、瓦解したと宣伝するが、しかし志位のいうことが本当なら、なぜ民進党はいつまでたっても、共産党の持ち出し、勧める野党共闘はメリットよりも有害性が大きいと強調するだけで素直に乗ってこないのか★狐と狸の化かし合いのような無意味な統一戦線遊びを止め、各党が真剣な安倍政権との闘いを準備する時ではないのか。(鵬)

   
   

【主張】

天皇の生前退位問題
国会のなれ合い決着反対、国民的議論で決めよ

 天皇の生前退位の問題は今国会の一つの焦点だが、奇妙なことに、政府と与野党は――共産党まで含めてだ――、「静謐な環境」で、静かな議論をするべきだ、「政争の手段にすべきではない」と声を揃えている。

 安倍は生前退位を「特別法」でやると決めて以降、政府の結論を必ず出すような有識者会議をでっち上げ、そんな私的な会議の結論を利用して、政権の考える方向に誘導しようとしている、つまり静謐に=A天皇の意思を深く忖度してやれと言うのは、国民に隠れた政党間の闇取引で、安倍政権のやり方を押し付けようということにすぎない。

 しかし必要なことは、落ち着いていようが熱してこようが、真剣に、真実に基づいて議論することである。

 生前退位問題の解決は3つである。一つは天皇制原理主義者の連中が固執するもので、憲法と皇室典範が規定するように、生前退位は認めないということ、つまり明仁の意思は無視されるべきだと言うことである。彼らは、明仁の言動は、天皇の政治的言動を禁じている憲法の違反であるとさえ主張している。

2番目は、皇室典範を改正するという、野党やリベラル・マスコミが主張しているもので、世論調査では、この支持が最も多い(しかし世論なるものは支配的勢力や資本の勢力やリベラルなど、権力やカネやマスコミを握っている連中によって、しばしば好き勝手に操作≠ウれるのである)。

 そして最後に安倍政権の「特別法」で便宜的に処理するという案だが、それは単に安倍政権の都合の問題であって、どんな原則もないことを特徴としている、つまり時の支配勢力や政府によって、いくらでも悪用できるやり方である。

 そもそも天皇の発言を受けて動き出した政争だが、天皇に自分の生前退位を口にすること――憲法違反――が許されていいのかという、原則的な問いさえタブーになっていて、天皇の意思を尊重せよという無節操な連中ばかりである。

 とするなら、どんな政争にもならないで、皇室典範の改定で済むだけのことだが、しかし安倍政権が、一方で党内の原理的天皇制派の顔を立てようとし、他方で、国民の意思に迎合しようとし、ご都合主義的に対応しようとしたため、安倍政権にとって厄介な$ュ治闘争の一つになったのである。

 安倍政権や反動は天皇制に関する、いくらかでも真剣な、その根源に至るような議論を恐れざるを得ない、というのは、それが不可避的に天皇制の存在は歴史的、現実的に合理的なのか、そもそも天皇制は「国民主権」という憲法の根本概念に反し、矛盾する存在ではないのか、さらには敗戦後米国占領軍によって曖昧にされ、タブーとされた天皇の「戦争責任」はどうなのか、天皇制に不可避な、その政治利用の問題はどうなるのか(今回の安倍政権の策動は、まさに天皇制の政治利用ではないのか)、という決定的に重要な問題に突き当たるからである。

天皇制原理主義者はいざ知らず、政府も、与野党も(もちろん天皇制を認めて、ますます彼らのいう「民主革命」の概念を迷路に導くとんまな共産党も含めて)、マスコミも、天皇の生前退位の要求は正当である、というのは天皇もまた人間であり、その最低の人権は保障されなければならないと、もっともらしく論じているが、しかし彼らは、天皇が人間であり、人権などが認められ、人道的に扱われるべきというなら、天皇は天皇であってはならないという、根本的で、まさに人道的な#ス省を欠いている。

   

沖縄・辺野古裁判が教えるもの
明らかとなったブルジョア民主主義の欺瞞

 昨年12月、最高裁第2小法廷(鬼丸かおる裁判長)は、米軍普天間基地を辺野古へ移設するために安倍政権の意を受けて公約を翻した仲井真前知事の「埋め立て承認」を、移設反対の民意を受けた翁長現知事が公有水面埋立法に違反するなどとして行った「埋め立て承認取り消し処分」を違法とする判決を下した。

 最高裁が口頭弁論を開かずに判決期日を指定したため、あまりにも露骨な高裁の政治的判決を踏襲して沖縄県知事が敗訴することは確定していたのだ。

 埋め立て承認取り消し後の安倍政権による提訴から、問題の高裁判決、今回の最高裁判決に至るまでの異常な経緯は、司法の独立、三権分立なるものの欺瞞性、すなわち、ブルジョア民主主義の欺瞞性がくっきりと浮かび上がる。

 名護市長選・知事選・県議選・衆院選・参院選とことごとく自民党を打ち破った沖縄の民意を尊重するという民主主義的観点はここには存在しない。それは安倍政権(下の行政・司法)による差別以外のなにものでもない!

裁判所の露骨な人事

 問題の高裁判決を下した判事の多見谷寿郎は、安倍政権が翁長知事の取り消し処分を違法だとして提訴する18日前に、東京地裁立川支部の部総括判事(裁判長)から福岡高裁那覇支部長に異動している。この多見谷なる判事は「体制寄りの判決を下す」と評判の、いわば札付きの人物として知られていた。また、この玉突きで押し出された前任の須田判事は、「薬害C型肝炎訴訟」で国と製薬会社の責任を厳しく指弾して賠償を命じるなど、リベラルな判決を出したことが知られていたのである。

 裁判官は通常3年ごとに異動するのであるが、今回の多見谷の立川支部での在任期間は1年2か月と短く、前任の須田氏の那覇支部での在任期間もわずか1年であった。この露骨で異常な着任劇については、15年12月25日付のプレジデントオンラインに作家の黒木亮氏が、「辺野古代執行訴訟『国が勝つことは決まっている』」と題する一文で簡潔に書いている。

政治屋判事の不当な判決

 昨年の9月、福岡高裁那覇支部で多見谷が下した判決は、あまりにも安倍政権に媚びた政治屋判事としてふさわしい内容であった。

 この訴訟は、前知事の「埋め立て承認」について、現知事が「取り消し処分」をしたことが妥当かどうかといった法的手続き論が主な争点だったのであるが、多見谷は安倍政権の代弁者のごとくその政治的主張を引き写して判決を下したのである。

 曰く、「ノドンの射程外となるのは、我が国では沖縄などごく一部」であり、「海兵隊の航空基地を沖縄本島から移設すれば機動力、即応力が失われる」、だから「県外に移転できないという国の判断は現在の世界、地域情勢から合理性があり、尊重すべきだ」と、この三流戦略家は踏み込み、翁長知事が埋め立て承認を取り消したことについては「日米間の信頼関係を破壊するもの」とまで言い切った。また、戦後70年にも亘って基地の重圧に呻吟してきた沖縄の現実を前にして、「普天間飛行場の被害を除去するには新施設を建設する以外にない」との主張はほとんど暴論であろう。こうした人物が判事として重宝される日本の司法とはなんというべきであろうか!?

司法は利用できても、頼ることはできない

 最高裁の判事は時の内閣が任命する仕組みになっており、資本の代理人である自民党の長期政権下で、そのほとんどが自民党寄りの政治屋やことなかれの出世主義の判事で占められているのが実態だ。最高裁判事の国民審査の投票法のデタラメぶりを知る労働者にはそれは常識であろう。また、「判検交流」といった制度は判事を行政官である検事として馴らすものとなっている。かくして、自衛隊や米軍・原発・労働等の国策裁判では、人事管理をも利用しながら、自民党(資本家)政権側が勝つのがほとんどだ。すなわち、ブルジョア裁判下で、労働者人民が勝利を得るのは異常に困難な状態にあるということである。それは資本の独裁を隠す形式でしかない。

 今度の辺野古新基地建設をめぐる裁判劇から労働者階級が得られる教訓も、司法は利用できても、頼ることはできない、という真実である。為すべきことは露骨に腐った裁判劇を大衆的に暴露して、その欺瞞性を明らかにしていくことである。そうすることで労働者大衆の階級的・政治的意識の成長に導き、政治闘争の勝利に繋げていくことを学ばなければならないのである。  (沖縄発)

   
   

【二面サブ】 企業指図の大矛盾

トランプの「雇用拡大」は幻想

 トランプは「米国のなかで企業が動く限り、私は気にしない。だが、米国を離れる企業には高い国境税をかける」と「米国第一主義」を謳っている。

 大統領選後、トランプはツイッターでメキシコに工場建設する企業を個別に攻撃、空調大手キャリヤをはじめ、米自動車メーカーのフォード、GМなどにたいして「米国で生産しろ。さもなければ高い関税を払え」と恫喝してきた。その矛先は自国企業にとどまらず、日本の自動車メーカーにも向けられた。続いてトランプは、5日、トヨタを槍玉にあげ、「トヨタ自動車はメキシコのハバ・カリフォルニア州に新工場を建て、米国向けにカローラを生産すると。あり得ない! 米国に工場を建てろ。さもなければ高い国境税を払え」と批判した。

 トランプの脅しに対して、キャリヤ、フォードなどが工場建設を断念した。一方、当初、メキシコでの工場建設は以前からの計画と主張していたGМは、米国の工場に10億ドル(約1140億円)を投資する計画を発表、約1500人の新規雇用につながると述べている。これはトヨタが、メキシコでの新工場建設に触れず、「今後5年間で100億ドルを投資する計画であること、同時にこれまで60年間にわたり220億ドルを投資して、米国で自動車の開発・生産・販売にかかわる13・6万の労働者を雇用している」ことを強調したのに習ったものである。これらの投資は、トランプに言われたから行うというものではなくて前々から計画されていたものであり、トランプからの批判をそらせ、今後の様子を見るためという姿勢であるのはあきらかである。

 トランプは、メキシコの新工場建設をやめたフォードなどを誇示し、「最も多くの雇用を作り出す大統領になる」と叫んでいる。トランプは、国内から出ていこうとする企業や米国への輸出目的で賃金コストの低い外国に工場を建設しようとする企業に対して、重税を課すことで雇用拡大をもたらすことができると考えている。だがこれは、思いあがった、自国重視の単純な考えだ。

 自動車資本にとって、メキシコの新工場建設はトランプに恫喝されたからといってすぐ撤回できるようなものではない。米国、日本各メーカーに加え、欧州、韓国の各メーカーはメキシコに進出し、あるいは計画している。メキシコは、世界の自動車メーカーにとっての主要な生産・輸出基地となっているのだ。その理由は労働コストが安く(米国の6〜7分の一)、さらにNAFTA協定によって、メキシコからの米国への輸出は無税になっていることである。自動車組み立てメーカーだけではなく、部品メーカーもメキシコに進出、米国国内の組み立てメーカーも部品をメキシコからの輸入に頼っている。市場を巡って熾烈な競争で鎬を削っている自動車企業にとって、メキシコは、グローバル戦略の重要な生産・輸出基地なのである。

 メキシコへの工場進出を阻止したり、メキシコからの輸入をやめさせることは、米国の雇用拡大や労働者の生活の改善にはつながるものではない。それは高い商品を押し付けることであり、遅れた生産を温存させることだからである。米国の製造業で働く労働者は1990年末には1739万人であったが、15年末には1232万人と、25年間で約500万人も減少した。米国製造業の後退は、国際的な資本の競争に後れをとったからである。

 トランプは、外国からの安価な商品の輸入を締め出そうとしながら、他方では米国の輸出を拡大するという。だがこれは手前勝手なたわごとである。トランプの「米国第一主義」「保護主義」は、他国の「保護主義」を挑発せずにはすまない。貿易の縮小、生産の縮小は雇用の縮小にとどまらず、さらには国家間の対立の激化さえもたらすだろう。


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