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【2017.3.15】
〝黒幕〟は安倍政権そのもの――法違反と不正と虚偽のオンパレード森友学園


【2017.1.24】
トランプの登場と安倍政権――完璧に破綻するアベノミクス


〝黒幕〟は安倍政権そのもの
法違反と不正と虚偽のオンパレード森友学園

 「米国第一主義」や経済保護主義を公然かつ露骨にわめき立てるトランプ政権が発足した。NAFTAの見直しやTPPからの離脱を宣言し、中国やメキシコや、日本にさえ高関税をかけ、通貨安政策を攻撃するトランプの登場は、隠されていたブルジョア諸国の経済的な矛盾や利己主義や対立の現実を暴露し、世界的な政治的、経済的な諸関係を激動のちまたに、そして人類の世界史を再び、三度、危機の時代に導こうとしている。他国の利己主義を非難するトランプこそが、超大国の米国こそが誰よりも利己主義的に振る舞おうとするのだから、世界が混沌たる修羅場に転落しない保障は何もなく、再び1930年代のような現実がやって来ないという保障も何もない。安倍は「日米の同盟は不変の原則」などと、いつものようにもっともらしい言葉を用いれば現実が変わるかに浮かれているが、しかしオバマとは違って、傲慢不遜のトランプとの「同盟」は、屈辱的で、不愉快な〝目下の〟同盟、「アメリカ第一主義」のまかり通る同盟でしかないことを知ることになるだろう。

 森友学園の経営についての追及が進むにつれて、公金横領や詐欺や補助金の略取や、等々どれだけの腐敗が出てくるか分からないような状況になっている。幼稚園の内容も、3才から天皇制国家主義の教育という、安倍政権の理想そのままに、あきれはてたものが暴露されている。安倍政権や反動派も今や、経営者の籠池は教育者の名に値しないとか、森友学園の教育は教育ではないとか云いはやし始めている。これまで、散々に森友学園でやられていた〝教育〟なるものを美化し、持てはやし、チヤホヤしていたかを忘れたかに、である。そして今や、国有地を買い戻すと云った、姑息な手段で、この事件の幕引きを図ろうとしています。もちろん、労働者、勤労者はそんなことを許さず、安倍政権の打倒まで、この闘いを拡大して行かなくはならない。

 安倍政権の国家主義政治と腐敗権力の全体が、森友学園のスキャンダルとして、森友学園を巡る疑獄として、腐敗、不正として現れているのだから、安倍政権とその反動と腐敗と国家主義の政治を否定することなくして、森友学園を否定することができない。安倍政権とその政治が森友学園といった、奇っ怪で醜悪なお化けを生み出したのであって、安倍政権は自らを否定することなくして、森友学園を否定できないのである。森友学園は安倍政権とその権力主義や天皇制国家主義、「日本第一主義」等々の生み出した象徴であり、そのおぞましさの集大成である。

 安倍政権は10億近い国有地をたった200万で森友学園に売った根拠を示すことが出来なかったし、今もできていない。たかが大したこともないゴミ撤去に9億余もの巨額な金が必要だなどということは誰もまともに、合理的に(あるいは事実として)説明することは決してできないからである(事実、安倍政権も財務省も大阪府も、できていない)。

 安倍政権や財務省がいいはやすことは、〝手続き〟が正当であったという形式的なことで、実際的、現実的な話では全くない。安倍政権はこのことを極端に恐れていて、一言も語ることができないのである、つまり事実上、不正な売買が公然と政府と国家の名でなされたということである。

 自民党や政権は、国会で、不当に安く国有地が売られたのではないかという追及に、「ゴミなど撤去する責任は森友側に渡すから、ディスカウントは当然だ」(安倍)とか、「土地の売買価格の算定はなぜ外部に頼まなかったのか、政治の関与がなかったのか」等々の質問には、「国が埋蔵物の撤去費用を見積もり、売買価格に反映させた。適切な対応だった」(佐川財務省理財局長)などとうそぶき、はぐらかせ、ごまかすか、あるいは事実上、自らの関与や犯罪行為を認めるような発言しかやっていないのである、できないのである。

 安倍の答弁はまともな理屈にもなっておらず、そんな応答で疑惑を否定でき、状況を切り抜けられるとおもう思い上がりと、厚顔無恥と、「倫理国家」(稲田の言葉である)日本の完璧な崩壊ぶりを暴露しているだけである。

 なぜゴミ処理を森友学園に「任せる」なら、10億円になんなんとする土地価格を200万に負けてやっていいのか。安倍よ、ちゃんと答えてみよ。南スーダンからコソコソと撤退して、自ら宣言した任務もはたせず、その見返りに600万ドルつまり7億円ほど払うというのだか、森友学園に負けてやった金にも及ばないとは、まさに本末転倒の政権と云うしかない。

また国の役人佐川は、国が撤去費用を見積もった、だから「適切な対応だった」というのだから、これもチンプンカンプンである。国(財務省)が不正をやり、犯罪行為を行ったことを自ら白状していると同然であるが、佐川はこんな発言によって、政治家ではなく、国がやった悪事であって、政治家の口利きなどなかったとでもいいたいのか、財務省が、つまり佐川等が安倍政権や政治家に代わって、罪を引き受けて、やくざ団体よろしくふるまう、穀潰し国家主義徒党の幹部の身代わりとして役に立ちたいのか、そして恩を売って将来、やくざ団体の幹部にでもなり上がりたいのか。

やくざ団体の下走りの佐川は、麻生か、財務省の上級の幹部か知らないが、一体誰の指示や示唆か言外の圧力によって、国会で心卑しい真相隠しの発言を繰り返すのか、一体何のためなのか。

また佐川は、外部の専門的な機関に依頼しないで、大阪航空局が撤去費用を8億円余もの巨額に見積もったことの正当性の理由として、「撤去に時間がかかり開校できなくなれば、損害賠償訴訟を起こされる恐れがあった」、だから急いだからだと、理由にもならない理由を挙げている。

佐川が、なぜ〝専門的な〟外部機関に依頼しないで、国家機関が途方もない、常識外れの巨額な撤去費用をでっちあげたかという質問に答えないで、あったかなかったかも分からない、将来の「訴訟費用」などの偽りの理由を持ち出すしかないところに、森友学園事件がどんなに深刻で、悪質な国家犯罪、政府犯罪であるかを教えて余りある。

〝保守派〟、〝愛国主義派〟、安倍一派や安倍政権は、籠池に対して「怒っている」などと云う安倍一派擁護派がいる。

それが本当かどうかは知らないが、本当だとするなら、彼等は一体何を「怒っている」のか、彼に対して立腹するなら、それはまるで奇妙で、筋違いではないのか、自分自身に腹を立てることにならないのか。

 籠池はいわゆる〝保守派〟〝愛国派〟なるものの本性を――その反動性や時代錯誤や醜悪さを――暴露しているのであって、彼等は籠池を見て、鏡に映る自分をみているのと同じであることを自覚し、反省すべきであって、「怒る」などと云うことになるはずもないのである、「怒って」いていいはずもないのである。

彼等自身、蓮池の犯罪行為と腐敗と常識外れが明るみに出る前までは、蓮池は安倍や安倍自民党や国家主義派、〝愛国派〟のホープであり、彼のやっていることは彼等の教育の理想像であり、彼等の中のアイドルでさえあって、安倍等や昭恵や麻生や菅や鴻池らによってさえ散々に持ち上げられ、ありとあらゆる〝行政上の〟優遇や、政権ぐるみ、財務省(国家)ぐるみ、自民党や維新の会ぐるみの「口利き」特権(刑事犯罪を厳しく、しかも直ちに問われるべき口利き特権)を享受してきたのである。

散々に蓮池を持ち上げ、はやし立て、世間に押し出し、宣伝しておいて、今さら、〝鬼っ子〟扱いのバッシングをしていいのか、〝トカゲの尻尾切り〟のような〝忘恩の〟扱いをしていいのか、彼等はどの面さげて、そんなことができるのか。

彼らは今や、彼等の〝裏切り〟に逆上して籠池が本当のことをしゃべるのを恐れてただ戦々恐々するだけである、そして国会招致に何が何でも反対することによって、彼等がどんなに大きな、「人には言えない」ような、明るみに出ては困るような数々の悪事を積み重ねてきたかを自ら認めるのである。

 しかし森友学園疑獄は安倍政権と財務省(国)の根底にかかわる深刻な問題であり、森友学園のスキャンダルといった〝トカゲの尻尾切り〟で終わっていい問題では全くなく、悪徳と腐敗と刑事犯罪の掃きだめであり、オンパレードだというなら、悪いのは尻尾ではなく、トカゲの全体である、つまり安倍政権とそのもとでの国家機構の問題であり、その全体の悪徳と腐敗と犯罪が暴露され、摘発され、厳しく断罪され、罰されなくてはならない。

 もしそれがなされないなら、腐敗と反動の安倍政権がこれからも何の責任も取らず、自らの本性を隠し、ごまかしながら継続するなら、日本は再び、天皇制軍国主義下のかつての日本のような、悪徳と腐敗と軍国主義の日本に、ヒトラーの下でのドイツのようなファシズム国家に、忌むべき国家に転落、堕落し、破滅の途を歩むしかなくなるのである。

 そして籠池自身もまた、〝保守派〟、愛国派、天皇制軍国主義派のヒーローとしてもてはやされるのが落ちである。

 今や安倍政権は権力犯罪にふけるしかない、やくざ団体やゴロツキ集団の政権に堕したかである。安倍政権のもとで明らかになったことは、権力犯罪のオンパレードである。彼等の用いる手段は、国家財産のタダのような払い下げ、カネの不正なばらまき、収賄、口利き、補助金の違法供与、公然の、あるいは言外の脅しや恐喝、官僚への圧力や不正への示唆誘導、等々、やくざ団体にふさわしいものばかりである。

国家主義者の政府、安倍政権は、稲田が何といい、取り繕うとも、「倫理国家」の正反対のものと化した。今こそ、労働者、勤労者の力を結集し、この悪徳国家を粉砕し、一掃せよ!

▲目次


トランプの登場と安倍政権
完璧に破綻するアベノミクス

 「米国第一主義」や経済保護主義を公然かつ露骨にわめき立てるトランプ政権が発足した。NAFTAの見直しやTPPからの離脱を宣言し、中国やメキシコや、日本にさえ高関税をかけ、通貨安政策を攻撃するトランプの登場は、隠されていたブルジョア諸国の経済的な矛盾や利己主義や対立の現実を暴露し、世界的な政治的、経済的な諸関係を激動のちまたに、そして人類の世界史を再び、三度、危機の時代に導こうとしている。他国の利己主義を非難するトランプこそが、超大国の米国こそが誰よりも利己主義的に振る舞おうとするのだから、世界が混沌たる修羅場に転落しない保障は何もなく、再び1930年代のような現実がやって来ないという保障も何もない。安倍は「日米の同盟は不変の原則」などと、いつものようにもっともらしい言葉を用いれば現実が変わるかに浮かれているが、しかしオバマとは違って、傲慢不遜のトランプとの「同盟」は、屈辱的で、不愉快な〝目下の〟同盟、「アメリカ第一主義」のまかり通る同盟でしかないことを知ることになるだろう。

新しい帝国主義と「力による政治」の時代

 平和主義的で、リベラルで、ブルジョア国際主義者、〝改革主義者〟の大統領の米国は、その反対物の、自国第一を掲げる、露骨な国家主義者の大統領の米国に一変し、帰着した。
 自国本位のトランプはまた、不可避的に、えげつない反動であり、人種差別主義者でさえであって、移民や非白人や女性やイスラム教徒等々を、社会の弱い立場にある人々を、それぞれいくらか違った形ではあれ、侮蔑し、差別し、攻撃することによって、没落に瀕した、雑多な〝中産〟階級や一部の労働者、勤労者の自分への屈折した支持を拡大してきたのだが、それは丁度20世紀前半の大恐慌の時代、ヒトラーがユダヤ人を、経済的な困難や様々な社会的なゆがみをもたらす元凶として、スケープゴートとして、排除の対象として攻撃し、資本主義のもたらす矛盾から労働者、勤労者の目をそらし、ペテンにかけつつ、権力に到達したのと同様である。
 かつて日本の天皇制軍国主義者たちもまた同様であって、1920年代に始まる日本と世界の恐慌の中で、日本の労働者、勤労者を奴隷化しつつ、中国を始めとする、広大なアジアの支配と覇権をもとめて軍事的に進出したが、それはまた、中国やアジアの諸国民を徹底的に蔑視し、卑しめ、搾取することでもあった。
 トランプもまた、移民や非白人やイスラム教徒等々を、資本主義のもたらす矛盾や困難や生活破壊等々のスケープゴートにすることによって、また資本の国際的な競争の激化によって没落の危機に直面する労働者、勤労者に、保護主義を約束することによって、つまりデマゴギーによって自らの野心を満たそうとするのだが、それは米国と世界の労働者、勤労者に禍(わざわい)しかもたらさないことは確かである。
 もちろん米国は保護主義によって、その経済的な衰退や困難から抜け出すことはできないし――むしろ保護主義はそうした歴史的な傾向を助長し、促進する――、トランプが〝保護〟し、救済しようとする人々さえも一層追い詰めることはあり得ても、救うことは決してできない、というのは、経済的保護主義や人為的な景気刺激策や為替安誘導等々は見かけの、一時的な効果が仮にあったとしても、結局は国家財政の健全性を損ない、企業の経済活動を歪め、社会全体の寄生性を深め、一層の経済的衰退や頽廃に行き着くからである。
 つまり外国からの安い鉄鋼製品や自動車をシャットアウトすることで、つまり現代の世界的資本主義の高度に発展した国際的な(つまりグローバルな)結びつきと相互関係の中で、いわば時代錯誤の〝鎖国政策〟を採用し、世界的な競争から自国を切り離すことによっては、衰退する自国の鉄鋼産業や自動車産業を、したがってまた多くの労働者、勤労者の生活を守ることは決してできないのである。
トランプの「米国第一主義」は資本主義の本性であって、それは、資本主義においては、個人第一主義、企業第一主義を決して克服できないで、常に――とりわけ、個人や企業が不況の深化や経済的困難が襲ってきたときには、自分の存在さえも脅かされるなら、――、強力な力で露出してくるのと同様に、国家主義もまた、そんなときには狂暴で利己的な本性を剥き出しにして、かつてのヒトラーや、トランプや安倍らの人格的表現を借りて登場するのだが、彼らは自国民の奴隷化に止まらず、あるいはそれをテコに、平気で外国への軍事進出や、外国の支配や植民地化に乗り出すのである。
 米国のトランプ現象が現在の資本主義にとって少しも例外ではないのは、日本ではすでに4年も前から、安倍政権が登場して、「日本第一主義」を謳って、えげつない半デマ政治にふけってきたことからも、あるいはヨーロッパ等々にも、いくらでもトランプと同様な連中がのさばり始めていることからも明らかである。そんな連中や安倍の政治とトランプの政治が、まるで双子のきょうだいのように似て来るのは当然である。
 トランプの登場は米国の強さの現れではなく、反対に米国資本主義が頂点を過ぎて、後退し、寄生化してきたことの表現であり、米国の支配する世界の終了を、したがってまた世界中の老舗(しにせ)の、あるいは新興のブルジョア大国による、世界のバランスオブパワー(勢力の均衡)の再編と新しい世界の覇権と新しい均衡を目指しての競争と闘いが激化し、いわゆるパワーポリティスク(力による政治)の時代が再び訪れようとしている現実を象徴し、暴露したのである。

矛盾するトランプの政策

 トランプの唱える経済社会政策は、安倍らの国家主義者、「自国第一主義者」のそれと似たり寄ったりで、保護主義はもちろん、規制緩和――といってもこれは、ゼロ金利とか金融の量的緩和のことではなくて、さしあたりは、リーマンショック後に米国を中心に導入された、バブルを予防するための銀行などへの規制の強化策の廃止や後退のことだが――や、10年間で1兆ドル(115兆円ほど)という巨額のインフラ投資や、法人税(35%から15%へ)や所得税(労働者には無税にするという)の減税等々である。
 トランプがこれらの政策を景気よくブチ上げたので、最近、トランプが大統領になったら暴落すると言われた株価は急騰し、〝トランプラリー〟がはやし立てられている。
 しかし、一方で巨額な財政支出を増やしながら、他方で減税するということはそれ自体矛盾であって、彼は国家の借金を急増させることによってのみ、そんな魔法のような軽業をやってのけ、労働者、勤労者を一時的に幻惑できるだけである。
 しかしそんなごまかしの政策は財政破綻や金利上昇等々によって行き詰まるか、あるいはインフレを呼び込むことで破綻をさらけ出すのである。
 かくして、安倍のまねごとのようなトランプの政策の化けの皮はたちまちはげ落ち、いま日本で破産しつつあるアベノミクスと同様の運命が待っているだけである。
 トランプは中国などの巨大な貿易黒字を問題にし――15年で見れば、米国の中国からの輸入は4095億ドル(約44兆円)、中国への米国の輸出は半分以下の1487億ドル(約16兆円)、差し引き中国の2608億ドル(約28兆円)の黒字であった――、それを米国に対する中国の搾取であるかに言いはやしている。
 しかし米国の貿易赤字は中国のためである以上に、むしろ米国のせいである。賃金水準のことはさておくとして、米国はドルが〝国際通貨〟の地位にあり、そうしたものとして流通する特権を利用し、ドルをいくらでも印刷して、中国からいくらでも商品を買ったからであり、米国国民は居ながらにして中国の商品を手にし得たからである。
 商品の世界は――したがってまた国際貿易の世界も――ゼロ・サム(一方の損失が他方の利得となる世界)の世界ではなく、基本的にウィン・ウィン(相互利益)の世界であり、等価交換の世界である、したがってそこでは搾取は問題にならない。
 だから米国が対中国で仮に入超だとしても、それを紙幣で、しかも減価していく紙幣で中国に支払うなら、むしろそれによって利得するのは中国ではなく米国である。資本投下のような関係になり、米国が中国から資本果実を略取するなら、そこに始めてゼロ・サムの関係が生じるに過ぎないが、資本の投下でなくても、「ドル支配体制」のもと、米国がドルをバラまいて中国商品を買いあさるなら、米国こそが中国を搾取することは、ブルジョア国家が日銀券や紙幣をバラまいて国民から商品を買いあさるなら、それが国民収奪であるのと同様である。
 さらにまた中国の対米黒字が、他の国家のへの赤字で相殺されるなら、そしてそんな関係が世界中の多くの国家間で調整されるなら、中国に対する貿易赤字だけを取り上げて、あれこれ言いはやすトランプはナンセンスであり、半デマゴギーを振りまいているのである(もっとも、中国は「世界の工場」になるに比例し、またなった限りで、世界を相手とする貿易でも巨大な黒字をこれまでは誇ってきたのだが)。
 他方、対世界で米国が半恒常的に貿易赤字に陥るというなら、それは金本位制を廃止し、ドルを〝国際通貨〟の地位に祭り上げることによって、通貨の関係を悪用して、世界を搾取し、収奪する手段を米国が獲得したということであって、それに加えて、貿易保護を拡大しなければ米国の資本主義が成り立たないかにわめくのはトランプの悪い冗談であり、破廉恥というものであろう。
 米国の産業資本が衰退し、かつて世界の労働者の垂涎の的であった米国の労働者がグローバリズムの中で没落の危機に直面しているというなら、それは彼らが米国ブルジョアジーの帝国主義的支配の果実によって買収され、労使協調の中で、世界に冠する余りに特権的な地位と高賃金に安住しすぎ、階級として頽廃した結果――労働者といわれるよりは、「中産階級」と呼ばれ得るほどの――というしかない。

利上げは米国にとってジレンマ

 トランプは就任するや否や、たちまち一つの困難に直面しつつある。すなわち利上げによる、さらにはトランプノミクスに対する期待(幻想)による、ドル――この場合は貨幣資本、貸付資本としてのドルであるが――の米国への還流であり、それによるドル高である。
 しかしドルの還流は資本の投下と結びつかなければ、国内の市場拡大や「経済成長」や景気の上昇ではなく、せいぜい一時的で、不確かな消費需要の増大であって、かえってドル高によって米国の商品輸出の縮小と輸入の増大をもたらし、貿易赤字を拡大するだけである。つまり産業資本の困難の増大であり、失業の増大であり、鉄鋼等々の労働者の不幸であり、生活破壊である。
 こうした困難に対しては、トランプがどんなにドタバタしても無力であって、産業資本は国外に資本を移し、外国でますます投資を増やすだけである、つまり空洞化の一層の深化であり、産業労働者の縮小である。彼はただ関税を恐るべき高さに引き上げるか、ドル高を極端なドル安に転換する以外の、どんな手段も持っていない。
 しかしドル安や高関税は米国の労働者、勤労者を救うどころか、輸入される消費財の価格高騰等々によって、多くの労働者、勤労者をさらに苦しめるのであって、それは日本の安倍政権のもとで生じたことの単なる繰り返しでしかない。
 ようするに、小手先の〝経済政策〟をいくら巧みに操作し、操ってみても、そんなやり方で、経済も労働者、勤労者の生活もすべて具合良く、トランプの(安倍らの)考えるようには行かないということ――それは安倍がこの4年間で身に染みて知ったことではあるのだが――、結局はむしろその反対に、悪い反作用や、新しい困難や矛盾が生まれ、それらは積み重なり、溜まりに溜まって、結局は経済総体の一層の悪化に、金融・信用の膨張(新しいバブルやその破裂の可能性)や、財政危機の深化や爆発、経済の一層の停滞や、破綻にさえ行き着きかねないということである。
 トランプが仮に日本や中国に対抗して、ドル安政策を採用しても無駄であり、効果はほとんど期待できない、というのは、そんなトランプの試みは、中国や日本の新しい自国本位の政策を誘導し、引き起こすだけであり――それは例えば、中国や日本の何年も続いた、自国為替相場の引き下げ策動が、トランプの米国の強烈な反撃を今引き起こしていることからも明らかである――、各国は他国よりも一層有利な立場を獲得しよう、ますます為替戦争、経済戦争にのめり込み、強化し、夢中になるだけだから、1930年代の時と同様に、経済ブロック化政策に、〝近隣窮乏化政策〟にますます没入するだけだからである。
 結局トランプは、今や〝伝統的な〟共和党の立場を裏切って、財政膨張や〝大きな〟政府を叫び、労働者、勤労者にあらぬ夢や幻想を与え、自らの権力を正当化するしかないのである。トランプは共和党を与党として当てにしつつ、そんなことが安易に可能だろうか、共和党はそこまでトランプに追随するであろうか。
 「米国は予測不能な国にならなくてはならない」とうそぶくようなトランプのことだから、安倍以上にこうした矛盾した政策をもてあそぶのはお手の物、というわけなのだろうが、そんな混乱した政治の後始末や尻ぬぐいの役割は、結局は労働者、勤労者の仕事として押しつけられるのであり、ただ労働者、勤労者の生活不安や破壊によってのみ解消され得るのである。

日米同盟は「不変の原則」でいいのか

 安倍はトランプとの関係を密にし、そのことによってトランプを自分の思惑に引きずり込もうと、「日米同盟は不変の原則」であると叫んでいる。
 しかしトランプにとっては、日本との同盟が「不変の原則」でなく、米国の利益こそがそれであるのは、彼が明言しているとおりである。
 そして米国第一の原則をトランプが貫くなら、それは米国大資本の帝国主義政策として現れる以外ない、つまり保護主義であり、ドル安政策(為替を利用したダンピング)であり、ブロック経済等々である。
 そして安倍はトランプと同盟するなら、対等の関係としてではなく、ただ〝目下の〟同盟国として、トランプにいいようにあしらわれるということである。というのは、トランプが仮に日本と「同盟」するにしても、それはただ「米国第一主義」のためであり、その枠内でのことだからであり、そんな同盟関係が不誠実で、ご都合主義的なものとしてのみあり得ることは明らかだからである。
 そしてトランプの米国が帝国主義国家としてますます反動化し、ファッショ化していくなら、安倍もまたトランプと共に、反動化し、専制主義に移っていくしかない。
 とするなら、日本の労働者、勤労者は、安倍のいう「日米の不変の同盟」といったものを支持することも、期待することもできないで、そんなものの一掃のために闘わなくてはならないということになるのである。

トランプのTPP離脱は安倍の自業自得

 安倍は必死でTPPは米国にとっても必要であり、有益だと説得しようとするが、トランプは委細構わず知らぬ振りである。トランプにとってTPPは必ずしも不可欠ではない、というのは、日本などとの2国間の貿易協定で、いくらでも日本から貿易関係で有利な交渉ができると踏んでいるからである。安倍が懸命に、対中国のために、それは必要だ、さもないと中国のアジアや世界の経済的影響力と覇権は強まり、圧倒的になる、それは米国にとってもマイナスだと説いても知らぬ顔である。彼は安倍と違って、アジアにおいて中国と争わなくてはならない死活の経済的理由を持たないからである、中国とはいくらでも取り引きが可能だと思うからである。 
 トランプはTPPからの脱退を宣言したが、それは彼にとって必然であった、というのは、それが米国に取ってひどく不公平、不公正なもの、米国に不当で、一方的に不利な交易条件を強要し、犠牲や負担を強いるもの、米国の多くの雇用を奪うものに見えたからである。
 彼は選挙中、日本が例えば牛肉の輸入で38%もの関税を残していることを問題にし、日本がそんなことをするなら、米国もまた自動車の輸入でも38%もの関税を課せ、日本からの自動車の輸入をシャットアウトせよ、米国は不正で差別的な関税政策で何万、何十万の労働者が職を奪われていると叫んで、自らの保護主義を正当化しようとしたが、しかし安倍政権はそんな非難に何一つまともに答えることはしなかったし、できかった、というのは、安倍の農業――というより、小農民――の保護主義は余りに明白な事実だったからである。
 安倍政権はTPPに遅ればせに、ようやく参加したのだが、それは米国などが「聖域なき貿易自由化」というTPPの原則で譲歩し、妥協したから、日本の〝特殊性〟を認めて、農業保護主義を半ば容認したからにすぎない。安倍は、TPPは「国益」だ、「国益を断固守る」と国会で喝破したが、その意味は自由貿易を深化させ、徹底させることではなくて、そうしたやり方で「国益」を追求することではなくて、保護主義を持ち込み、それに固執するということだったのだから――しかも、それは自由貿易主義だからこそ意義があるなどと欺瞞的に叫びつつ――、まるで筋違いで、一体何のためにTPPに参加するのかさえ怪しかったのである。
 つまり最初から、自分の都合がいいところだけはつまみ食いし、都合が悪いところ――自民党と安倍政権の一つの政治的基盤である小農民層の利益に反するもの、その分解を促進するもの――では、自由貿易を拒否するということでしかなかった。
 安倍は昨年10月18日の国会におけるTPP集中審議で、安倍政権は約束通り日本の〝国益〟――どんな国益やら――を守った、TPPは「関税撤廃が原則」だが、そんな中で、「わが国は約2割で例外を獲得できた」、つまり「聖域なき」という原則を骨抜きにしたと自慢し、その〝成果〟を誇ったのだから、つまりトランプに先んじて「自国第一主義」を貫徹し、保護主義のために闘ったのだから、まるで安倍が「米国第一主義」を掲げるトランプの立場を正当化し、彼が米国の労働者、勤労者をペテンにかけ、瞞着して大統領になり上がるのを助けたも同然であった。つまりここでも、安倍はデマゴーグのトランプの先輩として、彼をリードする先達として登場したのである。
 もちろん、日本の立場がどうあろうとも、トランプはTPPから離脱したかも知れない、しかし少なくとも安倍政権が「聖域なき自由貿易」というTPPの目的に忠実であり、保護主義によってではなく、自由貿易を深化することによって〝国益〟を追求することを知っていたなら、そうした大道を自覚していたなら、トランプが日本の保護主義を持ちだして攻撃し、易々と自らの保護主義を正当化し、TPPを反古にすることはできなかったであろう。
 つまりTPPの挫折を招いたのは他ならぬ安倍政権自身であって、安倍は我が身の咎(とが)を責め、嘆くことはできるとしても、トランプを恨んだり、批判することができるはずもないのであり、ましてトランプを説得し、考えを改めさせ得るなど、〝坊ちゃん宰相〟として大甘にすぎるのであり、間違っているのである。
 トランプは、自国の農業保護主義に執着した安倍に対して、それなら自分もまた産業保護主義に徹してどこが悪いのだ、同じことではないのか、自分はただ安倍のやったことを繰り返しているだけだと開き直るだけである。安倍はただ自分のやっているのは「自国第一主義」であって正しいと自国民には強弁し得ても、そんな理屈は「相手もある」国際的な経済関係では通用しないことさえ忘れるのであり、恐るべき〝ジコチュー〟(自己中心のさもしい人間)であることを暴露するのである、自分は〝ジコチュー〟で振る舞っても、相手は違うのだ、ご立派で、抜けさくで、お人好しの〝利他主義者〟であるとたわいもなく空想することができるのである、自分こそが世間知らずの抜けさくであることを知らないのである。

共産党はここでも安倍やトランプを助ける

 ついでに語っておくが、野党や共産党のTPP反対の論理もまた恐るべきものである。
 昨年10月28日、TPPに反対して国会の晴れ舞台に登場した、共産党などの「参考人」の鈴木宜弘東大教授は、ベトナムの労働者の賃金は日本の「20分の1か、30分の1」である、そんなときに投資が自由化され、人の移動が自由になったら、「日本人や米国人の首を切るか、短期雇用でぞうきんのように使う」しかなくなる、とぶっている。
 ここで日本の労働者だけでなく、米国の労働者まで持ちだしたのはお笑いだが――つまり共産党は民進党などの野党とだけではなく、トランプとまで共同戦線を張ろうというわけである――、帝国主義化し、寄生化する国家日本の労働者や農民の立場を保護主義で守ろうというのであり、そんなことが日本の労働者や農民の利益につながり、そんな地位を守り得ると妄想するのである、労働者、勤労者にブルジョアや反動どもの「自国第一主義」や保護主義の手伝いをせよ、それが労働者、勤労者の責務だと叫ぶのである。
 そして今、トランプは「ドルは高すぎる」と叫んでいる。一方で、強いドルを唱えながら矛盾そのものだが――彼は、「強いドルを持つことも有利な面もあるが(というより、米国のブルジョアや大統領は〝伝統的に〟強いドルこそ国益だと強調してきた)、多くの不利を抱えることになる」と言い始めている――、安倍と同様に、何らかの原則や思想も持たない空っぽのトランプは、「米国第一主義」――それも当面だけの、かりそめの「米国第一主義」だけで足りるのだが――ために、何にでも、どんな政策にでも飛びつくであり、ドル安が輸出に有利だと思えば大急ぎでそうするのであり、相手が中国であろうと、同盟国の日本であろうと、それらの国家の通貨安の政策を非難して止まないのである。そして彼がそうするのは、自分が通貨安政策を止めるためでなく、他国に対して非難したばかりの邪悪な政策、自己本位の政策を採用するためでしかないのである。
 しかし安倍は決してトランプを非難することはできないのである、というのは、彼は就任以来すでに4年間にもわたって、為替相場を円安に誘導するために、黒田とつるんで、金融・信用膨張の詐欺的政策に没頭してきたからである。
 トランプは、世界的に為替切り下げ競争や保護主義がはびこる時代、国家的利己主義の経済政策がはびこり、流行する時代が始まり、中国も日本もみなそんな政策に走る時代がやってきたのだから、なぜ米国だけがそれをやらないでいられるか、というのだが、しかし世界中のブルジョアやその政府は、そして共産党さえ、トランプに答え、トランプを非難することができないのである。
 もちろん、世界中のブルジョア国家がみな、くつわを並べて保護主義や高関税競争や低為替戦争等々を始め、没頭するなら、あるいは自国の都合で、自国の目先の利益のために高金利政策や低金利政策を、財政膨張政策や緊縮政策を、気ままに、くるくると採用するなら、つまりひたすら自国の利益にのみ執着し、「自国本位」の政治にふけるなら、世界の政治的、経済的な諸関係がどうなって行くかを、つまり、混乱と無政府主義、貿易の縮小や不均衡の拡大、財政崩壊や企業活動の動揺と破綻、不況とバブル、恐慌とインフレ、労働者、勤労者の失業や生活の破壊等々に行き着くしかないことを、そしてあげくの果ては帝国主義的な紛争、動乱の頻発であり、世界戦争であることを、容易に想像することができるだろう。

国家主義とポピュリズムのはびこる中で

 21世紀が始まる頃から、世界中のブルジョア国家で、プーチンと安倍とか、そしてまたトランプとかいった、まるで穀潰しのような、粗野で、二枚舌の国家主義者、〝ポピュリスト〟、デマゴギストや半デマゴギストが輩出し、のさばるようになってきたのは、近づきつつある国家間の激しい闘いを予感してのことでないと、誰が断言できようか。
 資本が国内的な存在ではなく、ますます世界的な存在へと転化していくのは歴史的な必然であって、それは一方では資本主義の発展を極限まで推し進めることによって、他方では労働者、勤労者の世界的な存在と相互的な結びつきを確かなものとすることによって、その世界的な規模での解放を可能にし、また助長するのである。
 トランプは20世紀末のソ連圏社会の解体と、その後の資本主義世界を席巻した〝グローバリズム〟とその本質的契機である自由競争によって追い詰められ、職を奪われ、没落に瀕した米国の労働者の支持を集めて大統領に成り上がったと評価されている、つまり現代における、労働者、勤労者の護民官だというのである。
 全く冗談ではない。彼は資本主義の矛盾によって労働し、生きる道を見失った労働者、勤労者を利用して、自分の誇示的な野心を実現しようとしている詐欺師もしくは悪党であって、彼らのトランプに対する幻想はたちまちしぼむしかないのである、というのは、「米国第一主義」や保護主義によって、労働者、勤労者を本当に救うことは決してできないからである。
 現在、米国を中心とするブルジョア大国の労働者が追い詰められているのは、まさに世界をおおった資本のグローバリズムのためであるが、そのグローバリズムとは、産業資本とともに金融資本による世界支配であった、というよりむしろ、何よりも金融資本による〝国際主義〟である、つまり金融資本が世界を駆けめぐり、闊歩し、世界の労働者、勤労者を搾取、収奪する資本主義であった。
 しかしだからといって、保護主義が支持され、労働者、勤労者に推奨されていいということには決してならない、というのは、保護主義によっては労働者は決して救われないからである。むしろそれはブルジョアジーにとってと同様に、あるいはそれ以上に、労働者、勤労者にとってマイナスであり、害悪であり、全体としての労働者の地位や生活を引き下げ、一層悪化させるのである。
 だからサンダースは、グローバリズム反対を謳って登場した限り、ただそれだけで、米国の左派インテリの、自由主義的改革主義の、〝左翼的〟ポピュリズムの破産を、限界を暴露し、彼の拠って立つ階級的な基盤を明らかにしたのである。
 労働者、勤労者の闘いは、はびこる〝左右の〟ポピュリズムを一掃し、階級的な闘いの大道に立ち戻るところからのみ、立ち戻ることによってのみ始まるし、始まることができるのである。

破綻する日本の全ての政治勢力

 米国にトランプが選ばれることによって、日本国家の〝隠されてきた〟秘密が暴露され、したがってまたそんな国家を前提にして偽善的で、空っぽの平和主義などに溺れてきた、日本のブルジョアやプチブルの立場の偽善が、その根拠の薄弱さやジレンマが明らかになりつつある。
 トランプは米国の〝目下の〟同盟国、つまり従属国である日本の地位をよく知っており、オバマなどと違って、日本をまさにありのままの〝目下の〟存在として扱い、日本の立場や思惑など全く考慮せず、TPPなど「米国の国益に反する」と、いとも簡単に廃棄するし、また同盟国日本の頭越しに――かつてのニクソンのように――中国との取り引きに走りかねないのだが、それは安倍の体面だけの外交・防衛政策の根底を脅かすのである。
 そして同時に、トランプが、米国の「押しつけた」憲法、プチブルたちがありがたがって神聖視する〝平和憲法〟などまるでバカにし、9条を錦の御旗、唯一のよりどころとする日本の革新政党の幻想を、そんなものはパクス・アメリカーナ――アメリカの覇権のもとでの、偽りの平和――の付随物であって、アメリカが狭い意味での利益、つまり〝内向きの〟利益――といっても、それは米国がますますえげつない、利己的な帝国主義国家に転化していくことを意味するなら、単なる〝内向きの〟ものとして終わらないのだが――を押し出すなら、それは、日本の偏狭で、空虚で、利己的でさえある共産党や市民派の平和主義が無力な願望もしくは欺瞞にすぎないことを、その階級的な本性を暴露し、彼らの政治に引導を渡すことになるだろう。
 石原愼太郎のように、日本は米国の「妾」だと僻(ひが)み、いらついてみても、また吉田茂や椎名悦三郎のように米国こそが日本の「番犬(様)」だと虚勢を張って見ても、核兵器の一発さえ有しない日本が、国際政治の領域では金王朝以下の、無力な存在に留まる――留まらざるを得ない――のは明らかである。
 「アメリカ第一主義」を掲げるトランプの圧力によるにせよ、また米国が当てにならず、頼りないという、〝内在的な〟要求や衝動によるにせよ、安倍政権のもと、日本の軍拡主義に拍車がかけられることは一つの必然である。トランプがNATOに対すると同様に、日本にも国内総生産の2%を軍事費にまわせといった要求を突きつけるなら、共産党が「人殺し予算」と呼んだ、日本の「国防費」は現在の5兆円程度からたちまち10兆円ほどに倍増することになる。
 ブルジョアの日米安保体制べったりも、民・共や市民派の憲法9条の神聖視(無力な、いつわりの平和主義)も、まさにトランプの出現によって、すべて見せ掛けであり、「はだかの王様」と同じであることが暴露され、そんなもっともらしいものが欺瞞的虚偽と空疎な願望にすぎないという真実が明らかにされるのである。
 労働者、勤労者の国際主義と諸資本の支配に対する決然たる階級的闘いこそが唯一の真実であり、矛盾し、混沌とするブルジョア世界からの唯一の脱出であり、困難の究極的な解決であることを確認しなくてはならない。


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